034.禁忌
「どうした?」
船の縁に座り、足を海へと投げ出してゆらゆらと揺らしていた彼女の後ろに、シャンクスがやってきた。
後ろから顎を取られ、くいっと顔を真上に持ち上げられる。
見下ろす太陽が眩しかったけれど、すぐにそれを遮るように逆向きのシャンクスが視界に入り込んできた。
「元気ないな」
「…ちょっとね」
「あいつか?」
彼が示す『あいつ』と言うのは、彼女が即座に思い浮かべた人物と相違ないだろう。
苦笑した彼女は何も答えなかったけれど、それは即ち肯定を意味していた。
「気にするなよ」
「…そうね。気にしても仕方ない。私は…あの気持ちを受け入れられないから」
あんな風に、純粋で真っ直ぐな愛情を向けられたのは初めてだ。
その想いを受け入れる事はできなかったけれど、素直に嬉しかった事も事実。
それを拒んだ事以上に彼女の胸に大きなしこりを残しているものがあった。
「禁忌の人…か」
「それを気にしてたのか」
「気にしてるって言うか…その通りだなって。もちろん、能力者が、って事じゃなくて私の事だけど」
自嘲めいた笑みを浮かべてシャンクスの手をすり抜けた彼女は、再び水平線へと視線を向ける。
遮るもののない海は、どこまでも広い。
―――村の人は悪魔の実の能力者は“禁忌の人”だって言うけど…でも、俺は君が能力者だとしても…君の事が好きだ。
男からの告白が耳に残っている。
その心は嬉しかった。
けれど、その言葉は…少しだけ、彼女の心を引っ掻いた。
「お前は禁忌の人間じゃねぇよ。いつもそう言ってるだろ?お前はお前だ」
「…うん。わかってる。…この力に感謝してる事もあるのよ。この力がなかったら、シャンクスは私を平和な島に置いていく気だったでしょう?」
「………まぁ、な」
「だから、その事だけは感謝できる」
彼女が振り向けば、黒髪が風に泳ぐ。
「シャンクスは…私があの人と一緒になった方がよかった?」
「…お前がそうしたかったなら、よかったかもな」
「私の想い…迷惑?」
シャンクスは何も言わない。
何も言わず、少し困ったように笑って彼女の髪を撫でた。
「お前は言っても聞かねぇからな…好きにしろよ」
「…うん。―――シャンクス、好きだよ」
「あぁ、知ってる。ありがとな」
今は、ありがとうとしか言ってもらえないけれど。
いずれ、彼の心が欲しいと思う切実な心。
禁忌の力を持つ自分を、その広く大きな懐で受け止めてくれるこの人からはもう、離れられない。
甘えるように、彼女は頭を撫でる感触にそっと瞼を伏せた。
【 034.禁忌 】 シャンクス / Black Cat