032.眩暈

彼女に昼と夜の境はない。
人間か、妖怪か。
彼女は自らの意思でそれを選ぶ事ができるからだ。

人間の時の亜麻色の髪とは違い、妖狐の彼女の髪は金。
月の光のように優しく、それでいて目の眩むような存在感を持つ髪。
全く癖のない髪は、まるで流れる水のように優雅に揺れる。

妖怪の時の自分が彼女と交わした言葉を知らないわけではない。
でも、どこか他人事のように感じていた。
彼女自身も、妖怪のリクオと人間のリクオの間で揺れているように感じる。
恐らく、その違いに慣れていないのだろう。
人間の時のリクオにとって、妖狐の姿の彼女は一種の神々しさすら感じてしまう。
縁側で月を見上げる彼女の背中に、リクオは思わずその足を止めた。
妖怪の自分ならばあっさりと超えられる一線を、今の彼は超えられずにいた。
これ以上は近付いてはいけないような、見えない壁を感じている。

「リクオ?突っ立ってないでおいでよ」

ぶらりと足を揺らした彼女が振り向きもせずそう言った。
足が、彼女に近付こうとその一歩目を踏み出す。
そこから先は、まるで操られているように順番に足を動かしていた。

「あれ?人間のリクオだと思ったけど…」

振り向いた彼女が少し驚いたような表情を浮かべ、そしてふわりと笑う。
彼女の目に映る自分は、夜の自分だ。
自分が躊躇った一歩を、あっさりと踏み出してしまう。
やはり、自分でありながら自分ではない…他人のようだと思った。

「リクオ、月が綺麗」
「あぁ、そうだな」

隣に立つことを許される、堂々たる背中。
夜の自分のようになりたいと思ったわけじゃない。
けれど、夜の自分のように彼女を身近に感じたいとは思った。

「…難儀な奴だな」
「リクオ?」
「いや、こっちの話だ。気にするなよ」

並んで月を見上げる二人を他人事のように見つめ、やがて意識が深いところへと沈む。





「あ」
「あぁ、おはよう。リクオ」
「う、うん。おはよう」

そして今日もまた、彼女への一歩を躊躇う。

【 032.眩暈 】  奴良 リクオ / 桜花爛漫

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10.05.07