031.悪夢
起きている時間じゃないとわかっているのに、いつものように彼女の家の前を通る。
朝の空気を吸い込んで、角を曲がる。
この先に、彼女の家が―――そちらに目を向けた陸の表情が驚きに染まった。
「…え?」
本来であれば彼女が起きているはずのない時間だ。
思わず零れ落ちた声に反応して、門前でしゃがみこんでいた彼女が顔を上げる。
「陸」
唇が小さく動き、その名を呼んだ。
やはり、自分の幻覚ではないようだ。
「こんな時間にどうしたんだ?」
ジョギングの速度を落とし、彼女の前で立ち止まる。
座り込んだまま陸を見上げた彼女は、何かを告げようと開いた唇をきゅっと結ぶ。
少しだけ悩むように視線を逃がした彼女。
しかし、やがて何かを決めたように陸を見つめ、手を伸ばしてその首に縋りついた。
それなりの勢いがあったのだけれど、陸は難なく彼女を受け止める。
「…本当に、どうしたんだよ?」
ぎゅっと抱きつき、肩に埋めた顔を上げようともしない彼女。
漸く、ただ単に早起きだったと言うわけではない事を理解する。
「………怪我…してない、よね?」
「…うん。してないよ」
唐突だと思ったけれど、彼女にその答えが必要だと言う事はすぐにわかった。
間を置かずに返事をすれば、ほんの少しだけ彼女の腕の力が弱くなる。
苦しいとか痛いとか、それほどの力ではなかった。
けれど、必死に縋りついていた事だけはわかる。
何か…怖い夢でも見たのだろうか。
「俺は大丈夫だって」
落ち着かせるように優しくその背中を撫でる。
彼女の肩が震えていると感じるのは、気の所為ではないのだろう。
「泣くなって」
「…泣いてない」
「…そっか」
「………陸」
「うん」
「アメフトが好きなのはわかってるけど…あんまり怪我しないで」
「うん。努力する」
一言一言に対して、ちゃんと答えていく。
それによって、徐々に肩の強張りが解れていくのが目に見えてわかった。
「陸」
「ん?」
「……………好き」
「…うん。俺も」
誰かに縋り付きたい状況で自分を頼ってくれたと言う事が嬉しい。
さっきの言葉をきっかけに離れようとした彼女の身体を、痛みを与えない程度に強く抱き締めた。
【 031.悪夢 】 甲斐谷 陸 / 向日葵