028.血痕
…困った。
水を張った桶を前にして、肩を落とす。
手には気に入っていた着物が握られている。
淡い色調の中にポツリと落ちた赤。
うっかり指先を切ってしまった時に、一滴だけ落としてしまった血の痕だ。
気に入っているだけに落とそうと頑張っているのだが、これが中々落ちてくれない。
色自体は随分と薄くなってきている。
でも、繊維の奥まで入り込んでいるらしい頑固な色素が残ったまま。
「…捨てたくはないんだけど…」
かと言って、着物として着ていくには目立つだろう。
むむ、と頭を捻る。
「さっきから庭先で何やってんだ?」
「あ、お帰りなさいませ。」
よほど集中していたらしく、声をかけられるまで彼の存在に気付かなかった。
振り向いた先に居た政宗様は怪訝そうな表情で私を見ている。
数歩で距離をつめた彼が、私の手元を覗き込んだ。
「…そんなの女中に任せろよ」
「言うと大事になってしまいますから…つい」
まず、着物よりも指先の傷!と騒がれるだろう。
毎日の鍛錬を欠かさない私に傷はつき物だけれど、彼女たちにとっては重大な事らしいから。
「…これは落ちねぇみたいだな」
「そうですね。これ以上やると生地を傷めてしまいそうで…諦めるしかないみたいですね」
自分で口に出しておきながら肩を落としてしまう。
名残惜しく着物に視線を落としていると、正面の政宗様がクスリと笑うのが聞こえた。
「着物として使えねぇなら、使える部分を帯に直すか。明日来る呉服屋に伝えてやるよ」
「え………あ、あぁ!そう言う手もありましたね!」
政宗様の言葉を理解するのに、数秒かかってしまった。
思わずぽんと手を叩いて納得してしまう。
着る、という前提で頭が動いていた所為で、そんな当たり前な事に辿り着かなかった。
「納得できたならそれを置いてこっちに来い」
「何か御用でしたか?」
「傷の手当、してないんだろ」
そう言って軽く引かれた手の指先にはふやけた傷。
今気付いたけれど、よく考えれば傷のある手で洗濯などすべきではなかったかもしれない。
政宗様が言わんとしている事を理解すると同時に表情が落ち込んだ。
私の心中の変化に気付いたらしい政宗様の手が、そっと頭を撫でてくれる。
行くぞ、と声をかけられ、桶をそのままにして彼の背中に続いた。
【 028.血痕 】 伊達 政宗 / 廻れ、