026.薬物

ドアを開くなりふわりと鼻先を掠めた匂いに、思わず口元を覆って一歩下がる。
匂いの元は部屋の中央で赤々とした花を咲かせていた。

「蔵馬、これは何」

もはや疑問系ですらない言葉に、部屋の中に居た彼が苦笑した。

「薬を作ろうと思って」
「それは毒草よね…?」
「毒と薬は紙一重だ」

一言に毒草と言っても、これは別名狐殺しと呼ばれるものだ。
これで死ぬ事はないけれど、進んで関わりたいとは思わない代物。

「一体何の薬を作ろうとしているの?」
「不愉快な野犬を死なない程度に甚振る薬…かな」

眉を顰めてしまっても無理はない答えだったと思う。
あまり吸いたくはないのか、マスクをしたまま作業を進める彼を横目に、窓に近付いて鍵を外し、室内に新鮮な空気を取り込んでいく。
少しだけ空気が入れ替わると、口元を押さえたまま蔵馬の手元を覗き込んだ。
そうして材料を目にした途端、彼女は彼が何を作ろうとしているのかを悟る。

「薬物中毒にするつもり?」
「人の縄張りで好き勝手をしてるんだから、何をされても文句は言えないな」

爽やかな目元とは裏腹に、心中はかなり怒っているらしい。

「…何があったの?」
「花を育てていた庭を荒らしていった」
「…もしかして…花を咲かせるのに3年かかる、あの花?」

ごりん、と彼の手の中で胡桃に似た実が砕けたのが、何よりの答えだった。

「ほどほどにね…?」
「大丈夫。殺したりはしないよ。母さんが話したいって言ってたから、行ってあげて」
「…そうね。そうするわ」

今の蔵馬は触らぬ神に祟りなし、だ。
素直に頷いた彼女は階下へとおりて蔵馬の母と過ごす事にする。

「秀一は何をしているのかしら」
「野良犬を追い払う工夫をしてるみたいですね」
「まぁ、そうなの?最近は多くなって少し心配だったのよ」
「…そうですね。危ないですからね、野良犬は」

純粋に喜んでいるらしい彼女に、そっと視線を逸らした。

【 026.薬物 】  南野 秀一 / 悠久に馳せる想い

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10.04.26