025.愛憎
「時々ふと思うことがあるの」
隣に腰を落ち着け、肩にもたれかかりながら彼女がそう呟いた。
「あなたと出会っていなければ、もっと違う道も開けたんじゃないのか…って」
本を読む彼の袖を指先で遊ばせ、彼女は続ける。
「もしその未来が平和で優しいものだったとしたら…私はあなたを憎むのかしら」
果たして答えを求めているのだろうか。
そう思うように、まるで藍染がそこにいない独り言のように呟く彼女。
しかし、その言葉が自分に向けられているものだと知る彼は、薄く口を開いた。
「今の生活は不満かい?」
「そうではないけれど…ふと、そう思っただけ」
彼に誘われるままに踏み出した世界は、決して平和でも優しくもない。
彼女自身に降りかかる火の粉はないにしても…世界は違う。
「愛と憎しみは紙一重だからね」
シリアスな空気を感じさせない、軽やかな声色で紡ぎだされる言葉。
「じゃあ、あなたは私を憎むの?」
「憎む理由がなければ紙一重にはならないだろう?」
「…私が思うように動かない、とか」
「君に限ってそれはないな。もしそんな事があったとしても…君を憎む事はないだろうね」
迷う様子もなく告げられ、彼女は顔を上げた。
視線が絡むと彼は穏やかに微笑む。
しかし、その笑みは“優しい藍染隊長”のものではない。
数少ない者にだけ見せる、本当の彼を隠さない笑みだ。
「もっと良い未来があったかもしれないと憎んでもいいよ。憎しみもまた、愛情と変わらない深さの感情だからね」
「…いいえ、もういいの。少し考えてしまっただけよ」
彼がどんな人物かを知りながら溺れてしまっている彼女が彼を憎む事はない。
ゆるりと首を振れば、彼は満足げに彼女の髪を撫でた。
【 025.愛憎 】 藍染 惣右介 / 逃げ水