023.憎悪
こわいよ。
彼女はそう言って膝を抱えた。
憎んでもいい、怨んでもいい。
彼女はそれを許されるだけの事をされたのだ。
身勝手に繋がれ、自由を奪われ―――絶望だけの日々を過ごした彼女には、それが許される。
それなのに、彼女は小さな身体をより小さくしながらも、こわい、と口にした。
「殺したいほど憎むのって、こわい。自分が自分じゃなくなるみたい」
こわい、いやだ。
そう思うのに、彼女の感情は奴らを許す事が出来ない。
感情のままに先走りそうな自分の感情がこわいのだと、彼女は不安に身を縮める。
「あいつらを憎みたくないのか」
彼女の隣に腰を下ろして、その黒髪を撫でる。
そうして静かに問いかければ、彼女はゆっくりと頷いた。
憎くないわけではないだろう。
けれど、彼女はその感情が自分を支配する事を恐れている。
許せるわけではないけれど、憎みたくない。
彼女は納得しない感情を持て余し、怯えている。
「忘れろ」
「…無理だよ」
「……まぁ、そうだろうな。じゃあ―――この船に乗ってよかったと思うか?」
その問いかけに、彼女は顔を上げた。
僅かに涙で目元を濡らしながら、じっと見上げてくる。
「うん。この船に乗れてよかった。皆に…ローさんに会えて、よかった」
迷いのない声でそう答える言葉が心地良い。
真っ直ぐな心を乗せたその言葉を聞けば、あいつらは派手に盛り上がって喜ぶだろうなと考える。
「じゃあ、お前はここに来るために連中のところにいたんだな」
「ここに、来るために…」
そう復唱する彼女。
暫くの時間を置いて、彼女は小さく笑った。
「そう思ったら、忘れられるかも」
「そうか?」
「うん。辛くて苦しくて、どうしようもなかったけど…そのお蔭で今があるんだって思えば」
あのままルフィと一緒にフーシャ村を出ていれば、“ここ”には辿り着かなかっただろう。
広い海原では出会わなかったかもしれないし、もし出会えたとしても敵だったかもしれない。
お蔭と言うのは間違っているかもしれないが、少なくともあの道を進んできたから今がある。
「すぐには忘れられない。どうしようもなく憎く思う時もある。だけど…いつか、きっと」
考え方一つで、前を向いて歩いていける。
幼子のように身体を縮めていた彼女はいない。
涙は完全に乾いていないし、まだ忘れたわけではなかった。
けれど彼女は顔を上げ、前を見据えている。
褒美代わりに頭を撫でれば、彼女は嬉しそうに笑顔を浮かべた。
【 023.憎悪 】 トラファルガー・ロー / Black Cat