020.刻印
ふとした拍子に、背中がちくりと痛む。
その原因は何なのか。
目に見えるところにこれと言ったものはない。
ちくりというか、ぴりりというか…とにかく、小さな小さな痛み。
「どうかしたの?」
蔵馬の不審な様子に気付いたらしく、彼女がそう尋ねてくる。
いや、と答えた彼は、そのまま痛みの事を忘れようと思った。
別に痛みそのもの不愉快というわけではないけれど、原因がわからない事が釈然としない。
くるりと背を向けた彼に、彼女が、あら、と呟いた。
「もしかして、これ?」
そう言った彼女の細い指先が背中…肩の辺りをついとなぞる。
くすぐったさの中に先ほどのちくりとした感覚が含まれていた。
「傷か?」
「…ごめんなさい」
自分では見えない箇所だから、あえて彼女にその答えを問う。
しかし、帰ってきたのは申し訳なさそうな謝罪。
蔵馬は彼女の反応によって理解した。
「あぁ…そう言う事か。気にするな。原因がわかったならそれでいい」
「でも、結構深いわ。爪、伸びていたのかしら」
彼女は神妙な顔で自分の手を見つめる。
それほど伸びているとは思わないけれど…と思う。
もしかすると、引っかく力自体が強かったのかもしれないが、意識していたわけではないからわからない。
「痛そうね」
「見た目がどうなっているのかは知らんが、俺は気にならないな」
「…それなら、いいけれど…」
そう言いながらも、加害者である彼女には負い目があるらしい。
困ったような表情を浮かべて、指の腹でその傷口を撫でる。
暫くの間そうしていた彼女を好きにさせていた蔵馬は、突然の濡れた感触に思わず首を振り向かせた。
「…はい、治ったわ」
ぺろりと舌を覗かせながら微笑む彼女。
蔵馬は短く溜め息を吐き出した。
「誘っているのか?」
「冗談。仕事が山積みよ」
「かすり傷を治すリスクを考えるべきだったな」
彼は自分から離れようとした彼女の腰を引き寄せ、その首元に唇を寄せる。
ちゅ、と濡れた音と共に首筋を吸われた。
「礼だ。釣りは要らんから気にするな」
「…もう」
【 020.刻印 】 妖狐蔵馬 / 悠久に馳せる想い