008.月光

夜、人の気配が動くのを感じたクロロは、浅い眠りから覚めた。
無意識に感じ取ってしまった気配は、実は殆ど感じ取る事の出来ないほど微かなものだったらしい。
眠っていたからこそ敏感になっていた神経がそれを感じ取ったのだろう。
一度起きてしまった彼は、そのまま眠る気にもならず…そっとベッドから立ち上がった。
気配が動いたのは隣―――彼女の部屋だ。
音もなくドアを開いて隣を確認する。
彼女の部屋のドアは不自然に開いたまま。
どうやら、廊下の向こうに歩いていったらしく、耳を澄ませれば本当に小さく足音が聞こえた。

足音を追って建物の外に出たクロロは、そこで彼女の姿を見つける。
ベンチに腰掛け、夜空を見上げる彼女の姿は、緋の眼発現時のものだ。
不注意な、と思ったけれど、この周囲一体は放棄された私有地。
注意すべきものが見つからなかったのだろう。
全てが氷で作られているような後姿は、遠目からでも見るものを惹きつけて止まない。
振り向けば、血を閉じ込めたような緋色の目が自分を映すのだろう。
月光に照らされた彼女のアイスブルーの髪が、その動きに合わせて優雅に揺れる。
全てが完璧。
人体と言う、人の手が生み出す事のできない未知のものを愛玩する人間のみならず、興味のないものすら、その美しさに魅了されるだろう。
今ならば、クルタ族が一族の命を賭して守り、隠し続けてきた理由がよくわかる。

「クロロ?」

気配を隠さず近付いてきたクロロに気付いたのか、彼女が振り向いた。
他のどの緋の眼よりも美しい、緋色の瞳がクロロを見つめる。
ゾクリと背筋が粟立つのを感じた。
太陽から直接降り注ぐ日差しではなく、月に反射した柔らかいそれが、彼女をより美しく見せた。
クロロの雰囲気に何かを感じ取ったのか、彼女の纏う空気が少し緊張する。

「逃げるな」

伸びてきた手に思わず一歩下がろうとした彼女は、拘束力などないはずの言葉に従ってピタリとその動きを止めた。
彼の言葉自体が、有無を言わさぬ雰囲気を持っているのだ。

「お前は美しいな」
「…ありがとう」

人は、彼女のことを美しいと言うけれど、それは彼女自身の努力から生まれたものではない。
寧ろ、この容姿が争いを生むと知っているからこそ、素直に喜べない時もある。
それでも、今この瞬間の彼の言葉は、なぜかまっすぐ彼女の心に落ち着いた。
その理由は、クロロの表情がとても誠実だったからかもしれない。

「お前が緋の眼を見せるのは久し振りだな。どういう心境の変化だ?」
「…少し練習しようと思っただけよ。まさか、あなたが起きてくるなんて思わなかったから」
「起きてきたら都合が悪いのか」
「………………」
「そう睨むな。能力を人に見せたくない気持ちはわかる。今日のところは大人しく退くさ」
「今日のところは?」
「大人しく退いてやるんだ。見返りは期待してもいいだろ?」
「………わかったから、部屋に戻って。時間がなくなるわ」
「いいだろう」

クロロは素直に踵を返し、建物の中に消えた。
遠慮するのをやめたのか、彼女のオーラが感じ取れる。
それを背中で感じながら、彼は小さく笑みを浮かべた。

「見返りは…そうだな、また近いうちにあの姿を見せてもらうか」

彼女はきっと眉を顰めるだろうけれど、借りがあるからと大人しく従うだろう。
小さな笑い声が暗い廊下の中に溶けた。

【 008.月光 】  クロロ=ルシルフル / Ice doll

Menu(お題順) Menu(ジャンル別)

10.03.29