003.水鏡

水鏡の世界、だなと彼が言った。

現でありながら、現ではない場所。
妖怪のリクオが過ごすその場所は、私の結界と似て非なるもの。
しかし、どう関係したのかはわからないけれど、その二つが繋がった。
そんな世界を、彼は水鏡の世界だと言う。

「お前の結界の中は居心地が良いな。世界が繋がってからは、随分と良い場所になった」
「そう、なの?」

呼吸に等しく扱う事のできる私にとっては、居心地の良し悪しはわからない。

「お前の力によって完全に現実の時空から弾かれたこの世界は、時を刻まない。」

リクオはそう言って桜を見上げた。
満開と表現するに相応しく、咲き誇るそれは散りはするものの花全てを落とす事はない。
一番美しいであろう一瞬が、永遠に続くのだ。

「あなたが望むなら、時を動かす事はできるよ」
「俺はこの世界を気に入ってるぜ?」
「…そう言うならば、このままで」

時を刻む刻まないは、彼にとっては些細な事なのだろう。

「水鏡の世界…うん、一番近い表現だね」
「だろう?」
「これから、この結界をそう呼ぶことにしよう」

小さな気まぐれだった。
それを特定する呼び名がない事が不便だったと言う、ただそれだけ。
けれど、名前を決めた結界は、私にとっては大きな自信に繋がった。
母の影響を持たない世界で、私だけが使う事のできる力。
その存在をかみ締めるように、水鏡、と呟く。
ひとつしか使えなかった結界の種類が増えたのは、この世界に来てからだ。
何が影響したのかはわからないけれど、自分の力が増しているのを感じる。
私の生まれた世界とは違い、人間の世界に妖気が溢れていることが理由なのだろうか。
明確な答えを得るには、まだ情報が少なすぎる。

「さて、と。久々に屋敷の外の見回りに行くか。お前も来いよ」

当たり前のように差し出された手に慣れるまでは、もう少しかかるだろう。
それでも、私の身体は条件反射的に彼の手を握った。

「水鏡を閉じろよ。行くのは外の世界だからな」
「あ、うん」

言われるとおりに結界を閉じれば、そこにいた彼ごと現実へと引き戻される。
今の季節はまだ蕾しかつけていない桜を振り向いてから、彼は私の手を引いて外の世界へと歩き出した。

【 003.水鏡 】  奴良 リクオ / 桜花爛漫

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10.03.21