100.いとしさが降り積もる

悔しさを紛らわせるように、持っていた木刀を地面に叩きつける白哉様。
あんな風に感情をあらわにするのは珍しいと目を見張る。
朽木のご当主様は、若さゆえのことよ、と仰っていた。
屋根の向こうの方から高らかな女性の笑い声が聞こえている。
あぁ、どうやらまた、夜一様に逃げられてしまったようだ。

「お疲れ様です、白哉様」

手ぬぐいを手に彼の元へと近付いていけば、漸く私の存在に気付いてくれる。
来ていたのか、と言う言葉に、はい、と頷く。
少しばつが悪そうな表情を浮かべているのは、先ほどの光景を見られてしまったと悟ったからなのだろう。

「夜一様がいらっしゃったのですね。お元気そうなお声が聞こえてきました」
「あぁ…相も変わらず逃げ足だけは速い」

木刀を拾う白哉様に近付き、手ぬぐいを手渡した。
彼は一言礼を述べて、それを受け取ってくれる。

「そう言えば、母上が探していたようだが、もう会ったのか?」
「ええ。上等な反物が手に入ったからと、分けていただきました」
「そうか。着物を仕立てたら見せに来てやってほしい。楽しみにしていたようだからな」
「はい、是非」

木刀を腰に挿して歩き出した彼が、不意に私を振り向く。

「もし、時間があるなら手合わせなどどうだろうか?」
「え…?」
「いや、無理にとは言わない」

きょとんとした表情を浮かべていたのだろう。
彼は慌ててそう答え、そのまま歩き出そうとする。
私は無意識に彼の袖を掴んだ。

「今日は…もうお暇しなければいけませんけれど…明日でしたら」
「そうか。ならば明日、迎えをやるから我が邸に来るといい」
「でも…よろしいのですか?私は、白哉様のお相手が務まるような腕ではありませんが…」
「構わぬ。それに、気に病むような腕ではないだろう」
「では、明日…また参ります。お相手、よろしくお願いいたします」
「ああ。もう帰るのか?」
「そのつもりですが…」
「ならば、外まで送ろう」

まだ日も明るいし、何より邸の中で送ってもらうほどの事ではない。
そう断ろうと思ったけれど、彼は既に歩き出してしまっている。
その時の私の表情は、困ったような笑みを浮かべていただろう。
歩く彼に置いていかれないようにと、その背中を追う。
隣に並びたいわけではないけれど、ずっとこの背中を見つめていけたらと思う。

小さいけれど確かに、心の苗が成長を始めていた。

【 いとしさが降り積もる 】  朽木 白哉 / 睡蓮

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10.03.11