099.色とりどりの花と
政宗様が氷景に何か耳打ちされていたのは知っていた。
何か、内密に伝えるべきことがあるのだろうと思っていただけで、その内容までは特に気にしていなかった。
まさか、それが自分に関係していることだなんて、夢にも思わなかったから。
「今から出られるか?」
今日はここで陣を張る。
政宗様がそう言った頃、日はまだ高い位置にあった。
首を傾げた私に、氷景が「この先は山越えになるから夜明けからのほうが都合がいいんだ」と教えてくれた。
夜を明かす準備を整えていた私に、政宗様がそう声をかけてくる。
どこに?と言う疑問を抱きつつも、頷いて刀を腰に差す。
「どちらに向かわれるのですか?」
「そう遠くないところだ。陣は小十郎に任せていくから気にするな」
私が何を気にかけているのかを正しく悟った彼が、間髪容れずにそう答えてくれた。
わかりました、と頷き、促されるままに虎吉の背に跨る。
彼もまた自身の愛馬の上にひらりとその身を乗せ、私を一瞥してから馬の腹を蹴った。
緩やかに速度を上げる彼の背を追うように、虎吉を走らせる。
「ここは…」
林を抜けた先、一面に広がったその光景に、思わず感嘆の息を零す。
見渡す限りの草原には、世界中の色を集めたように色とりどりの花が咲き誇っている。
生命が芽吹く季節だからこそ、見ることの出来る光景。
いつもよりも時間をかけて虎吉の背から降りた私の背中から、ザァと風が吹く。
優しい風が花々を揺らし、草原を駆けた。
「氷景から聞いたんだ。中々良い光景だろう?」
近付いてきた政宗様の言葉に、はい、と頷く。
その声は、心ここにあらずと言った風になってしまったかもしれない。
それほどに美しい風景だった。
「…悪かったな」
「え?」
「三日後がお前の誕生日だと…もうふた月も前から聞かされてたって言うのに、出陣が重なっちまった」
彼にそれを聞かせていたのは、間違いなく親友の彼女だろう。
相変わらず、彼女は様々な知識を政宗様に吹き込んでいるようだ。
「誕生日…私、すっかり忘れていました」
ここに来てからと言うもの、日付の感覚が薄れてしまっている。
元々さほどイベントにこだわる方ではなかったから、自分の誕生日などはかなり早い段階で消えてしまった気がする。
そんな私の反応に、政宗様が苦笑するのが見えた。
「お前のことだから、たぶんそうだろうって言ってたぜ。だから、代わりに盛大に祝ってやってくれと頼まれてたんだが…悪かったな」
「いいえ、そんな…ありがとうございます」
数え年が普及するこの時代、誕生日と言う概念は彼には馴染みのないものだっただろう。
それでも、私の生まれた日にあわせようとしてくれたことは、とても嬉しかった。
そのために、出兵中だというのにここに連れてきてくれたことも。
彼の想いが嬉しくて、思わず涙腺が緩んでしまう。
口元を手で覆った私に、彼が困ったように笑うのが見えた。
「泣かせたいわけじゃねぇんだがな」
「嬉し涙、ですから」
頬を伝いそうになるそれを指先でぬぐって、それ以上流れてこないよう深呼吸をする。
そして、隣に並び立つ政宗様を見上げ、笑顔を浮かべた。
「ありがとうございます、政宗様」
やはり言葉の途中で涙が溢れてしまって、隠すようにそっと彼に寄り添う。
何も言わずに受け入れ、抱き寄せてくれるこの腕がとても愛しかった。
まるで祝福してくれているように、一陣の風が吹く。
【 色とりどりの花と 】 伊達 政宗 / 廻れ、