098.それが全て
時々、言われる言葉がある。
―――椎名くんってサッカーが一番大切なんじゃない?
選ばれなかった女子からの、皮肉めいた言葉にはもう慣れてしまった。
翼がサッカーをする姿は、思春期の女子にはとても魅力的に映るのだと知っているから。
けど…その言葉が、気にならなかったと言えば嘘になる。
きっと、彼女たちの言うとおり…翼にとって、一番大切なのはサッカーだとそう思っていた。
「私も大概馬鹿よね…」
中学の頃の日記を読み返していて、思わずそんな呟きを零す。
あの頃の悩める自分の心中が赤裸々に綴られたそれは、今の自分には読んでいて少々痒くなるようなものだ。
彼の想いを疑う必要がないと知っている今となっては、何を馬鹿なことを悩んでるんだか、と笑ってしまいたくなる。
けれど、あの頃の自分は、本気で悩んでいたのだ。
「考える必要なんてなかったって…気付いて納得するまでに、随分かかっちゃったのよね」
そもそもそれと比べて落ち込むようなものではないのだ。
それなのに、不安定な思春期の自分は、周囲の言葉や環境に僅かながらも不安を覚えていた。
「サッカーが好きな翼ごと、彼を好きになったのに」
自分の心と言うのは、時に自分自身には見えにくくなってしまうものだ。
思わぬ時間をかけてしまったけれど…ちゃんと、そのことに気付くことが出来た。
だからこそ、今も彼の隣にいられる。
「第一、どんなに悩んだって…翼がいない未来なんて、想像もできない。それが全てなのに、ね」
悩みに悩んでいる過去の自分の日記を閉じ、思わず自嘲の笑みを零す。
何だか、急に彼の声が聞きたくなった。
迷いなく携帯を操作して彼に電話をかける。
繋がったそこから翼の声が聞こえて、自然と表情が緩んだ。
「…ううん、何も用事はないの。ただ、声が聞きたくなっただけ」
たまには正直に答えてみる。
きっと、彼は呆れながらも…それを馬鹿にしたりはしないから。
【 それが全て 】 椎名 翼 / 夢追いのガーネット