097.長い睫毛の誘惑

私には、密かに好きだと思っている光景がある。
滅多に見られるものではないそれは、ある意味では私だけが見ることのできる光景でもあった。
眠っていた瞼が薄く開かれる瞬間の、絶妙なそれ。
傍で眠る事が出来る程度の信頼を勝ち得なければ見る事の出来ない、限られた世界。
こんな表現をすると、この人は怒ってしまうかもしれないけれど。
いや、この人は怒ったりしないか。
そう言う事には無頓着な人だから。
そんな事を考えながら、今日も隣で眠るイルミの起床を待つ。
彼が頬に触れても起きないほどに熟睡するなんて、他人が聞けば驚きすぎて目の玉を落としてしまうかもしれない。
例えば一瞬でも針の先のような殺気を向ければ、彼はその瞬間に私の首を落とすだろう。
それが出来るだけの実力を持っている人だ。
そんな彼が熟睡しているのは、偏に信頼されているから。
なんて心地良いんだろうか。

「…そろそろ、かな」

時計を見て、小さく小さく呟く。
この声が彼を起こすことはないけれど、念のため。
いつも同じような時間にごく自然に目を覚ます彼に、目覚まし時計は必要ない。
そんな事を考えていると、彼の瞼が揺れた。
一度覚醒を拒むようにきゅっと強く閉じられた瞼が、今度はゆっくりと時間をかけて開いて行く。
それに従って、長い睫毛もふるりと震えた。
閉ざされている時のそれよりも、完全に目を開くまでの短い間の睫毛が表現できないほどに綺麗だと思う。

「…おはよう、イルミ」

開いた目が私を映したのを確認して、朝一番の挨拶を告げる。
おはよう、と短く挨拶を返してくれた彼は、そのまま上半身を起こした。
ベッドにうつ伏せの状態で彼を見つめていた私は、相変わらずその姿勢のまま起きた彼を見つめる。

「先に起きたんだ?」
「ええ」
「また見てたの?物好きだね」
「イルミが美人だから」

にこりと笑ってそう告げると、彼は呆れたように溜め息を吐く。
それから私の近くに肘をついて、そして。

「…男の人が瞼を伏せる姿って色気があるわよね」

触れるだけの口付けが終わってから、息がかかるような距離にいる彼の目を見つめてそう言った。
少しだけ、拗ねたような表情を見せる彼。

「俺以外も?」
「残念だけど、イルミ以外に色気を感じた事はないのよ、私」

まるで子供のような彼の頬に口付けて、離れて行く彼に続くように身体を起こす。
いつまでもベッドと仲良くしているわけにはいかない。
さぁ、いつもの朝が始まった。







緩やかな覚醒に導かれ、そっと瞼を開く。
目を開いて一番にイルミが見えて、この間と逆ね、と思うよりも早く、唇を塞がれた。
寝起きには少々酷なほどに長い口付けの後、彼は余韻もなくあっさりと口を開く。

「女が瞼を開く姿も十分色気があるよ」

どうやら、この言葉は先日の続きらしい。
数日越しで会話が成り立つ自然さに、思わずクスリと笑った。

【 長い睫毛の誘惑 】  イルミ=ゾルディック / Free

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10.03.05