095.ただ、愛しい
腕の中で眠る我が子を見下ろしていると、いつの間にか時間が過ぎて行く気がする。
小さくて弱くて…とても、愛しい子。
先程まで泣いていたからなのか、すん、と鼻を鳴らしている。
目元の涙を指先で拭い、そのままふくよかな頬を撫でる。
「寝たのか?」
静かに部屋に入ってきた蔵馬が、そう声をかけてくる。
頷く事でそれに答えた。
「話は終わったの?」
「あぁ」
「解決した?」
「問題ない」
近付いてきた蔵馬はそっと腕を伸ばして我が子の頬を撫でる。
その手はまだ、不慣れさを感じさせた。
それも無理からぬことだ。
私も蔵馬も、物心がついた時には既に一人で生きていたから、親から可愛がられた記憶がない。
親が何を思って子を放り出すのか―――私には、理解できない感情だった。
いつか、信頼と共にこの子の背を送り出す日が来るだろう。
少なくともその日が来るまでは、私たちの持てる全てでこの子を守りたいと思う。
「…起きないな」
よく眠っている彼を見下ろす蔵馬の目は穏やかだ。
私に向ける目とはまた違うそれは、初めて見る表情。
促されるままに彼に小さな身体を手渡す。
危なげなくその腕に眠る我が子を抱いた蔵馬は、そのまま部屋の中のベッドへと歩いて行く。
柔らかいベッドに寝かしつけるその姿は、少し前までは慣れない光景だった。
見慣れた今では、微笑ましいと穏やかな気持ちになる。
彼をあやしていた椅子に座っていたけれど、そっと立ちあがって彼らの元へと近付いて行く。
そして、蔵馬の背中からベッドに眠る小さな命を見下ろす。
「可愛いわね」
「…そうだな」
「自分にこんな気持ちがあるなんて…驚きだわ」
くすくすと笑って、蔵馬の背中からその身体に腕を回す。
蔵馬と私の血を継いだ命―――ただただ、愛しかった。
【 ただ、愛しい 】 妖狐一家 / 悠久に馳せる想い