094.しあわせな溜息
リクオに私の命の欠片を渡した。
あの日から、随分と心が軽くなった気がする。
両親の影が目に見えぬ枷となって、私の四肢を繋いでいた。
彼の一言があっさりとそれを断ち切ったのだ。
「リクオ」
夜、桜を見上げてその名を呼ぶ。
一人、桜を楽しんでいたリクオが私の声に反応して視線を向けた。
「よぉ。今日はお前がこっちに来たんだな」
「あなたが表の世界にはいないみたいだったから」
「あぁ。“リクオ”にはある程度休息が必要だからな。毎晩動き回るわけにもいかねぇだろ」
そう答えると、彼は手を招いて私を呼ぶ。
地面を蹴ってふわりと飛びあがり、彼が腰を下ろす枝の近くに立った。
その時初めて、気付いた事がある。
私の視線がそこに向けられている事に気付くと、リクオは楽しげに口角を持ち上げた。
「悪くねぇだろ?」
「…うん」
きっと、その時の私の表情は穏やかだっただろう。
彼に渡した命の欠片…絳華石は、革紐で縛り、彼の首元に吊るされていた。
大きくはないそれが彼の動きに合わせて胸元に揺れる。
「リクオには俺が伝えておいたぜ」
「何て?」
「預かった命だから丁重に扱えよ、ってな」
「…何か、違う気がする」
そもそも彼と昼のリクオは同一人物だ。
昼のリクオがそれを受け入れていないだけの話で、どちらと区別して考えるものではない。
尤も、私が認めたのは目の前のリクオなのだけれど。
いずれ、昼の彼とも話をしなければならないだろうと思っている。
その時には、彼が妖怪としての自分を自覚してくれていればいいのだけれど―――そんな事を考えて、溜め息が零れた。
「おいおい、溜め息吐くなよ。昼のあいつも俺だぜ?」
「うん、そうだね」
「あいつはお人好しだが莫迦じゃねぇ。溜め息は上手くいくとわかってるのに吐くもんじゃねぇだろ」
彼の言う事も尤もだ、と思った。
そうだね、と頷いて、桜の枝越しの月を見上げる。
「今夜は月が綺麗ね」
「…あぁ。月見酒にぴったりだな」
「月見酒に花見酒?粋だね」
「用意してきてる奴のセリフじゃねぇな」
彼の視線が、彼からは死角となっている部分に向けられる。
やれやれと溜め息を吐いて肩を竦める私。
どうやら、彼に隠し事は通用しないらしい。
「北の山でもらった貢物なんだけど、飲む?」
持ち上げた一式を前に、彼は当然のように答えた。
【 しあわせな溜息 】 奴良 リクオ / 桜花爛漫