089.寒い日にはぬくもりを分かち合って
小説を一冊読み終えて、ふぅ、と息を吐き出す。
ファンタジーの世界から現実に帰ってきてみれば、時間は夜中の2時。
随分と読み耽ってしまったようだと思いながら、小さく伸びをして身体を解した。
ホットミルクでも飲んで寝よう。
そう思って部屋を出て階段へと向かう。
ふと、物音が聞こえて顔を上げる。
音が聞こえたのはツナの部屋だ。
夕食のとき、試験の一週間前だから夜に勉強しているのだと話していたのを思い出す。
明日は休みだからと、少し長めに勉強しているのだろう。
少しだけ悩んでから、大きなストールを羽織りなおして、ゆっくりと階段を下りていく。
ツナは、彼女が一階に向かったことに気付いていた。
まだ起きていたのか、ふと起きてしまったのかはわからない。
一息ついて時計を見れば、随分と集中してしまっていたことがわかる時間だった。
キリのいいところまで進んだし、今日はここまでにしておこう。
ペンを置いたところで、控えめなノックが聞こえた。
「綱吉、起きてる?」
ノックの後にドアの隙間から顔をのぞかせた彼女に、起きてるよ、と答える。
椅子を回して身体ごと彼女を振り向くと、彼女は小さく微笑んでからドアを開いて部屋に入ってきた。
彼女の両手のマグカップから、ふわりと白い湯気が立つ。
「もう寝るところだった?ホットミルクを入れてきたんだけど…飲む?」
「うん。そろそろ終わろうかなって。ありがとう、もらうよ」
そう言って立ち上がろうとしたツナを止め、彼女は彼に近付いて彼越しに机にマグカップを置いた。
様子からして起きていたようだが、ベッドの中に入っていたらしい彼女の身体はあたたかい。
ふわりと近付いたぬくもりに、ツナは思わず身を硬くした。
一方で、彼女もまた、触れずとも彼の体温を感じていた。
部屋着の上に何も羽織っていなかった彼の身体は冷たい。
彼女は無言で机に向けて椅子を回した彼の肩に触れた。
「!!」
思わぬ熱が触れ、ツナが驚く。
布越しに触れた彼の肩は驚くほどに冷えていて、彼女が咎めるような表情を浮かべた。
「すごく冷えてるわ。今日は寒いのに、こんな薄着で居るからよ」
「ご、ごめん。これを飲んだら寝るし」
身を硬くしてそう答えたツナは、早く離してくれないだろうかと考えていた。
そんな彼の背中を見つめていた彼女は、彼の予想を更に上回る行動に出る。
えい、と小さな掛け声と共に、背中から首にかけてあたたかい何かに包まれた。
何か、なんて誤魔化さずとも、ツナはちゃんと理解している。
背中から彼女に抱きしめられたのだ。
「ちょ…何するの!?」
「こんなに身体を冷やした罰よ。大人しくしてなさい」
「大人しくって…!!」
無理だから!!と心の中で叫ぶ。
あたたかいだけじゃなくて柔らかくて、彼女が使うシャンプーの香りまで届いてくる。
思春期の中学生には、大人しくしていられるような状況ではない。
しかし、その半面でこの熱に離れてほしくないという気持ちもあり。
ツナの心の中は複雑に入り乱れ、結局どんな行動も起こすことが出来ずにそのまま固まっていた。
その一方で、彼女の心の内もまた、穏やかではなかった。
ストールで包み込むように抱きしめてはみたものの、ツナの身体は自分が知っている頃よりも遥かに成長していた。
しっかりした骨格は自分との性別の違いを窺わせていて、触れていると落ち着かなくなってくる。
でも、それにどこか…10年後の彼に感じた安心を思い出して、離れることが出来ない。
「…ツナも成長したのね」
呟くようにそう言って、彼女は漸くその身体を離した。
お互い、離れた熱に縋りつきたくなる感情を何とか押さえ込む。
どちらかが感情のままに行動していれば、もしかすると二人の関係が変わっていたかもしれないけれど…現実は、そうはならなかった。
「飲んだらちゃんと寝るのよ」
そう言って、彼女は足早にツナの部屋を後にする。
壁一枚をはさんで、二人が同じようなことを考え、そして思いながら頬を赤くしていたことを―――二人は、知る由もなかった。
【 寒い日にはぬくもりを分かち合って 】 沢田 綱吉 / 空色トパーズ