082.桜色の花びらが散る時

二人で並んで大きな桜の木の前に立つ。
幹に近付いて見上げれば、視界が一面緋色に覆い尽くされる。
立派な枝にこれでもかと咲き誇る桜の花びらが、ひらり、と風に舞った。

「この桜が散る頃には日本にいないのよね…」

ふと、そんな事を呟く声が隣から聞こえた。
そちらに顔を向ける翼。
大きな樹木を見上げる彼女の目が、きらりと桜色を反射した。

「寂しい?」
「うーん…どうかしら。寂しくないと言ったら、嘘になるかも」

慣れ親しんだ家を離れて、異国の地へと旅立つ。
言葉は話せるけれど、そこの生活に馴染めるだろうかと思う。

「すぐに慣れるよ」
「うん。そうよね」
「…まだ不安そうだね。マリッジブルー?」

少しばかり遊び的な要素を含んだ声でそう問いかける彼。
彼女はそんな彼に、困ったように微笑む。

「んー…そうかも、ね。中学の頃に戻ったみたいな気分」
「いつの話?」
「幼馴染って言う関係から一歩進む時の話」

答える彼女に、あぁ、と頷く彼。
そう言えば、あの時も彼女はこんな風に変化に戸惑っていた。
あの時はどちらかと言えば拒絶の方が大きかった。
しかし、今は新しい環境に対する不安が大きいようだ。
彼女の横顔には、あの時のような不変への切望は見受けられない。
彼女の目は、しっかりと未来を見据えていた。

「俺も海外生活は初めてだし。一緒に頑張ればいいんじゃない?」

そう告げると、彼女は驚いたように彼を見る。

「翼でも不安なんだ?」
「そりゃ、俺だって人間だからね。慣れるのに時間は必要だよ」

何だと思っていたんだ、とこつんと額を弾いてやる。
彼女は、そっか、とはにかんだ。

「うん。一緒に頑張ろうか」

彼女の目に、不安ではなく希望が見えた。

【 桜色の花びらが散る時 】  椎名 翼 / 夢追いのガーネット

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10.02.16