076.少しくらい口を利いてくれてもいいじゃない

「ねぇ、まだ怒ってるの?」

彼が顔を背け初めてもう1時間になる。
放課後の貴重な時間だと言うのに、こんな風に過ごすことへの勿体無さと言ったら、言葉では説明しにくい。
けれど、彼、ブン太はそんな問いに対してピクリと肩を揺らしただけ。
まるで、当然!とでも言いたげな彼に、私はやれやれと肩を竦めた。

「もう。少しくらい口を利いてくれてもいいじゃない…」

この頃はまだマネージャーをしていなくて、放課後の時間はブン太が部活、私は帰宅と自由に過ごしていた。
けれど彼は付き合いだしてからは毎日帰りに家に寄ってくれる。
今日も今日とてそれは同じで、違っていたのは一つ約束があったこと。

―――商店街に美味しいケーキ屋さんが出来たから、用意して待ってるね。

その約束のときのブン太の表情を思えば、この態度も致し方ないのかもしれない。
けれど、と思う。
私は彼の背中から視線をそらし、そっと冷蔵庫へと視線を向けた。
ケーキを用意しなかったと言っただけで拗ねてしまった彼は、そこからの会話を拒否。
お蔭でその理由を説明することすら許されていない。
このままだと生ごみになってしまうと思った私は、意を決して口を開いた。

「商店街の入り口に本屋さんがあるの。その入り口に毎日違う本が並ぶんだけど、今日はそれがケーキ特集で…」

そこまで話すと、彼がくるりと振り向いた。
もしかして、わかってくれたのだろうかと思うけれど、その表情がまだ怒っていて、そうではないのだと理解する。

「まさか、本を買ったら金がなくなったとか言わねぇよな?」
「違うわよ!ケーキを買うより自分で作ろうと思っただけ!」

どこまでケーキが好きなんだ!?と思いつつ声を大きくすれば、彼は怒っていた目を丸くした。
え?と首を傾げた彼の口元にトレードマークのガムはない。
そう言えば、家に入ってきたときから見ていないような気がして…そこに、彼の期待の大きさが見えるような気がした。
私はブン太の向かいから立ち上がると、冷蔵庫から切り分けていたケーキを取り出す。

「食べてほしいと思って作ったんだけど、駄目ですか」

駄目なら自分で処理しなければ…と思いつつ、ケーキの皿を差し出す。

「だ、駄目じゃねぇ!っつーか、そうならそうと早く言えよ!!何もなしに約束破られたんだと思っただろーが!」
「ブン太が聞く耳持たなかったくせに…」
「…そりゃそうだけど…!…あー、悪かった。何も聞かずに勝手に怒って」

ごめん、と頭を下げる彼に、まぁいいかと言う気分になるのは惚れた弱み。
輝いた目でケーキを見てくれる彼を、許してあげてもいいかと思う。
フォークをお皿に添えて、どうぞと彼に差し出した。

「マジでふざけんなって思ったんだぜ。今日は帰りにケーキがあると思って喜んでたから、赤也に言われるくらい絶好調でさ。来てみたら「買ってこなかったの」だもんな。あ、すっげー美味いぜ、これ!」
「…うん。その話が聞けただけで十分だよ。もっと食べる?」
「食う!」

【 少しくらい口を利いてくれてもいいじゃない 】  丸井 ブン太 / スイートピー

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10.01.19