066.君に泣かれるとどうしていいかわからなくなる
陸を通して面識のある彼の先輩に部屋番号を聞く。
緊張が手に伝わって、部屋をノックする音が震えてしまった。
「はい」
中から聞こえた声は女性のものだ。
失礼します、と声をかけてドアを開けば、ベッドの傍に椅子を置く彼のお母さんが居た。
ぺこり、と頭を下げる。
「あら…わざわざありがとう」
「いいえ、陸は…」
「まだ目を覚ましていないけれど、検査で異常はなかったみたいよ」
告げられる内容によかった、と安堵すれば、彼女が座っていたパイプ椅子から腰を上げる。
どうぞと薦められ、一度は断ったが少し強引にそこに座らされてしまった。
「先生と話してくるから、陸を見ていてくれる?」
「あ、はい」
彼女が部屋を出て行って、病室の中には眠る陸と私だけ。
思い出すのは、激しいとしか言えないような試合模様。
実力の差は歴然で、けれど最後までフィールドに立ち続けた陸。
蛾王が陸に迫る度に、心臓が潰れてしまうかと思った。
けれど、フィールドにいる彼らを、心配だからと止める事なんて出来ない。
心配で苦しくて、ただ手を握り締めてみている事しかできなかった。
試合には行かないようにしているの、と言った彼のお母さんの気持ちがよくわかる。
きっと、大事な息子のあんな試合を見てしまったら、全力で止めたいと思ってしまうだろうから。
椅子に座ったまま、そっと陸の手を握る。
そこで、彼の瞼が動いた。
「―――っ」
「陸?」
開かれた目が時間をかけて光を取り戻す。
状況を探るように動く視界に入るよう椅子から立ち上がれば、私を見た陸が小さく息を吐き、緊張を解いた。
「ここは…病院?」
「そう、病院。試合の後、すぐに運ばれたのよ。さっきまでお母さんが居てくれたけど、今は先生と話してくるって席を外してるわ」
一息に説明を終えると、私が握っていた陸がその手を動かした。
放してほしいんだろうと思って指の力を緩め、彼の手を解放する。
すると、その手はゆっくりと私の目元から頬をなぞった。
「…泣いてる」
その言葉に驚いて、もう片方の頬をなぞる。
確かに、指先が濡れた。
「俺の所為…だよな」
「うん」
「…はっきり言うなぁ」
迷いのない返事に返って来た苦笑。
アレだけ心配させたんだからこのくらいの生意気は許して欲しい。
自分でも知らないうちに流れていた涙は、まだ止まっていなかった。
「泣かないでよ」
「…無茶言わないで」
「泣いてるところあんまり見ないから…どうしていいかわからなくなる」
抱き締めたくても疲れてて動けないし。
そう言った彼に、馬鹿ね、と言った。
元気ではないけれど、ちゃんと返事を返してくれる。
大丈夫なんだと認識して―――漸く、涙が止まった。
「無茶するから嫌い」
「…うん。ごめん」
「でも、アメフトが好きだって事は知ってるし…アメフトしてる陸が格好いい事も知ってる」
「…ありがとう」
「だから、心配だけは…思う存分させてもらうから」
滅多に泣かないけれど、こんな状況になれば流れる涙もある。
そんな時は、無事な姿を見せて、それから涙を拭って欲しい。
私が告げた言葉に、彼はかすり傷を作った頬で笑みを作った。
【 君に泣かれるとどうしていいかわからなくなる 】 甲斐谷陸 / 向日葵