061.溢れる涙の意味
「何をやったんだ?」
逃げようとする彼女の腕を掴み、そう問いかける。
彼女は顔を俯かせて沈黙した。
相変わらず隙あらば逃げようと、腕には力が篭っている。
無理に引き抜いてでも逃げないのは、相手が高杉だからなのだろう。
高杉は黙り込む彼女の腕を見下ろした。
細い手首に残る、手形。
その下に見える床には、解かれたまま落下した包帯が落ちている。
いつからだっただろう。
彼女の両腕にこの白い包帯が見えるようになったのは。
四六時中、共に行動しているわけではない。
だから、気付かなかった。
いや、気付いていたとしても、怪我程度はいつもの事だと、気に留めていなかったのかもしれない。
まさか、包帯の下にこんなモノがあるとは想像もしなかった。
「テメーでつけた痕じゃねぇよな」
両腕にくっきりと残るそれは、自分で付けられるはずがない。
少なくとも、鬼兵隊の人間でない事は確かだった。
彼女は、鬼兵隊の誰よりも強いから、こんな風に両腕を制される事などまずありえない。
となれば、浮かんでくる第三者の存在。
高杉の思考がそこに行き着いた事に気づいた彼女が、彼の腕を振りほどいた。
乱暴に腕を引いた彼女の肌が、高杉の爪により傷つく。
薄っすらと血が滲む様子に、高杉が眉を顰めた。
何故、彼女はここまで逃げ―――いや、怯えている?
彼が何かを言おうと口を開くと、それを拒むように背を向ける彼女。
そのまま走り出し、少し向こうにある彼女の自室の中へと飛び込んだ。
バンッと扉が閉まり、カチン、と鍵の掛かる音が聞こえた。
「……………」
何かを隠している事だけは確かだ。
そして、その隠している事を高杉に聞かせるつもりはないらしい。
寧ろ、知られる事を拒んでいる。
高杉が手形に気付いた時の彼女の眼は、酷く傷ついた様子だった。
閉ざされた扉を見つめ―――しかし、あえて何をする事もなく、彼は廊下を歩き出す。
気付かれた、見られた。
閉じた扉を背に、ずるずると床に座り込む。
本当は、この身体にほかの男の痕が残っているだけでも、胸が焼けるように気持ち悪い。
そんな痕を、誰よりも彼に見られたくないと思っていた。
皮肉にも、これのお蔭で、自分が高杉以外を受け入れられないのだと痛感した。
仲間として以上の感情がそこにあることを受け入れざるを得なかった。
彼がそんな特別を望んでいないと、知っていたはずなのに。
「…ごめんなさい」
この感情が、彼への裏切りのように思えた。
涙は、この痕に対する絶望感によるものなのか、それとも彼への罪悪感によるものなのか。
無人の部屋の中で独り、膝を抱え込んだ。
【 溢れる涙の意味 】 高杉 晋助 / 朱の舞姫