057.紺色の中に浮かぶ月と

蔵馬は月のようだと思う。
満月ではない、新月だ。
夜の闇の中、月光を頼りに走る彼の背中を見ながら、そんな事を考えた。
月と違うところは、光などなくとも自らが強い光を放っているという事だろう。
彼は、たとえ太陽がなくとも強く輝く。
故に、彼の下には力を求めるものが集まり、そして従うのだ。
純粋に力を求められる魔界の中で、知性の高いカリスマ性を持つ彼は、妖怪を惹き付ける。
それは決して良い事ばかりではないけれど、悪い事ばかりではない事も確かだろう。
私も、そんな妖怪の一人なのだろうか。

彼女が立ち止まったことに気付き、蔵馬は足を止めた。
別に逃げているわけではないのだから、先を急ぐ必要はない。
振り向いた先に見えた光景に、言葉を失い、息を呑む彼。
月を見上げる金毛の妖狐は、酷く美しい。
美しさは生きるためのものなのだと話していたが、まさしくその通りだと思った。
あの美しさの前では、平然と自我を保つ事が難しい。
柔らかくも鋭い眼光に射抜かれると、それだけで身体のど真ん中に何かが突き立てられるような衝撃が走る。
本能が、彼女を求める。

「…蔵馬?」

いつの間にか月を見上げるのをやめた彼女が、不思議そうに彼を見つめた。
自分を見つめる視線に疑問符を抱いたのだろう。

「お前の美しさは全てを虜にする」

そう言った彼に、彼女は小さく苦笑を浮かべた。

「絳華の能力よ。血を強く残そうとする本能に働きかける、力」

それは一種の麻薬のようなものだ。
一度その力に触れると、彼女と言う存在を忘れられなくなる。
蜘蛛の糸に囚われた蛾のように、そっと彼女の手に命を握られるのだ。

「あなたが抱いている感情もまた、絳華石に影響されているのかしらね」

呟いた彼女との距離を詰め、金色の髪に手を差し込んで後頭部を引き寄せる。
噛み付くような口付けにも、彼女は一切怯んだりはしなかった。

「影響がないとは言わないが…全てがそれだとは思わないな。お前ならば骸すらも愛せる」
「…熱烈ね。らしくないんじゃない?」
「お前以外に見せるわけじゃない」

構わないだろう、と笑う彼に、それもそうかと思う。
頭が何かに執着しすぎる姿は、下の者に見せるべきではない。
だが、それを見るのが彼女だけだというのならば…何の問題もないだろう。
絳華が全てではないと断言する彼に、甘えるように身体を預ける。

「いっそ、絳華がなければいい」

そうなれば、彼女に心を奪われる妖怪が少なくなるだろう。
いっそ、彼女の胸に腕を突き刺して、周囲を惹き付けて止まぬそれを引きずり出してしまいたい。
絳華が彼女の核でなければ、すぐにでもそうしていただろう。

「これを含めて、私という九尾が成り立つんだもの。仕方ないわ。私だって…色々と思うところはあるけれど、我慢しているのよ」
「…そうか」

結局、二人とも今の生活を壊すつもりはない。
お互いを想う相手に嫉妬し、時には片を付けて―――そうして、日々を過ごしていく。
不変の生活は、それでも鮮やかに色付いていた。

【 紺色の中に浮かぶ月と 】  妖狐蔵馬 / 悠久に馳せる想い

Menu(お題順) Menu(ジャンル別)

09.08.04