056.見上げた夜空には
「あ」
「ん?…げ」
失礼な反応だと、頭の片隅でそんな事を考える。
それは、一種の現実逃避だったのかもしれない。
それもそのはず。
十年以上の時を共有する幼馴染が夜の空を走っているだなんて、誰が信じられるだろうか?
少なくとも、私には無理だ。
けれど、抓ってみた頬は痛くて、不本意ながらもこれが夢ではないと教えてくれる。
「…人生の半分以上の付き合いだけど、まさか一護に空を走るなんて言う人間離れした特技があったなんて、知らなかったよ」
「そんな特技があってたまるか!!」
「こらこら。そんなに叫んじゃ近所迷惑じゃないか」
元気に反応してくれた一護の黒い着物の襟首を掴んで、よいしょ、と部屋の中へと連れ込む。
隣の部屋には両親が寝ているけれど、悪い事をしようって言うわけじゃないから罪悪感なんてない。
そのまま遠心力の勢いを付けて一護をぶん、と床に放り投げる。
ばたーん、と少し大きめの音がしたけれど、我が家の壁は案外分厚いので大丈夫だろう―――たぶん。
「おま…何で見える上に触れるんだ!?」
「何でって?」
彼の質問を正しく読み取るならば、彼は見えない上に触れないはずらしい。
さて、この幼馴染殿はいつの間に人間をやめたのだろうか。
首を傾げた私に、一護は短いオレンジの髪をガシガシと掻いた。
「それにしても…中々イイ格好だね、一護。一心さんの趣味…じゃないなぁ、これは」
倒れこんだ場所で胡坐を掻く一護の前にしゃがんで、彼の着物の裾を掴んでみる。
さっきも思ったけれど、中々上質な布地だ。
「―――で?」
「…………………はぁ」
返って来た溜め息は、諦めのそれだ。
長い付き合いの彼は、私がこうなった時に動かない事はよーくわかっているのだろう。
そこから更に長い沈黙を保ってから、彼が漸く口を開いた、その時。
ふと、彼の向こうに見えた時計が2時半指すのが見えた。
「あのな―――」
「あ、駄目」
「は?」
「もう寝ないと、明日確実に寝坊するから」
「お、おい!聞きたいんじゃなかったのか!?気にならないのかよ!」
「別に、あんまり気にならない。一護が一護である事に変わりはないでしょ」
そう言った私に、一護は目を見開いたまま固まった。
動こうとしない彼の腕を掴んで、今度はベランダへと移動。
そして、そこからドン、と彼を放り出した。
「!?!?!?」
声にならぬ悲鳴が遠ざかっていく。
…まぁ、空を走れるんだから問題ないだろう、うん。
ふぁ、と欠伸をしてからベランダの窓の鍵を閉めて、そそくさとベッドに入った。
「あれ、一護。迎えに来てくれるなんて珍しい」
「お前な…!人をベランダから突き落とす奴がどこにいるんだ!?」
「無事だからいいじゃん。今日は着物じゃないんだね、似合ってたのに」
「学校に着ていくわけないだろうが!!」
「目立ちそうだね」
「悪目立ちだろ!!」
「………あれ…?目、赤いね。寝てないの?」
「あー…もう、いい。色々考えてきた俺が馬鹿だった」
「何でそんなに気を使うんだか。…別に、人間離れした特技があっても、幼馴染だって事は変わらないし…」
「特技じゃねぇっつーの。…そうだな、お前ってそう言う奴だったよな」
「ははは」
「“ははは”じゃねぇよ、ったく…」
【 見上げた夜空には 】 黒崎 一護