055.世界を照らす、眩い光
「なぁ、姉貴ってさ…俺に甘いよな」
「なぁに?藪から棒に」
そう言ってきたキルアに、教科書代わりにしていた本から視線を外す。
そろそろ集中力が途切れる頃だろうなとは思っていた。
部屋の電話を取って、お茶を持ってきてくれるようにと頼む。
そして、彼女はキルアと角を挟む位置に腰掛けた。
「そうね。甘いと言う自覚はあるわよ。でも、キルアに限った事じゃないわね。ミルキにもカルトにも…イルミほど厳しくはしていないつもり」
「…確かに」
「イルミが…いいえ、イルミだけじゃないわね。他の皆、どちらかと言うと鞭でしょう?
だから私くらいは飴の存在になろうと思っているだけよ」
腕を伸ばし、キルアの頭を撫でる。
心地良さそうに目を細める様は、まるで猫のようだ。
そんな彼を見て、穏やかに微笑む彼女は、ゾルディックには似合わない人間だ。
本質はやはりゾルディックなのだが…彼女は、優しい。
そんな姉貴が好きなんだけどな、と心の中で呟いた。
自分を頼って泣いたキルアを見た時―――この子を守ろうと、そう思った。
数年先に生まれたミルキは、幼少期こそ姉さん姉さんと可愛かったけれど、思春期の頃から部屋に篭りがちになり…結果、ああなってしまった。
本人が決めた事なのだからとやかく言うつもりはない。
後継者にするからと一際厳しく育てる両親と、イルミ。
キルアが生まれたのだから、何も心配しなくていいのよと、山のように用意された見合い写真。
いい加減にしてくれと思っていた、矢先の事だった。
両親の前では泣けない子供に育ったキルアが、ある日、夜も更けた頃に突然彼女の部屋を訪れた。
どうしたの、と聞くよりも先に、その大きな目が涙を零す。
―――辛いのだと、泣きじゃくりながらそう訴えた弟に、目が覚めた気がした。
当たり前だと思っていた事が、幼い弟にはとても大変なものなのだという事。
誰にも頼れず…両親やイルミほど関わりを持っていなかった彼女を頼ったのだという事。
守らなければならないと、そう思わせるには十分な要素が揃っていた。
いついかなる時も、自分はこの子に優しくあろうと誓ったあの日―――少なくとも、キルアが一人で歩けるようになるまでは、この家に留まろうと決めたのだ。
「ねぇ、キルア」
「んー?」
「私が結婚したら、寂しいわよね」
何気なく呟いた言葉に、キルアがジュースを噴出した。
トレーを立てて飛んでくるそれを避け、彼にタオルを差し出す。
「な、何言ってんだよ!まさか、見合いするのか!?」
「例え話なんだけど…まぁ、いつまでも独身ではいられないのよ、これが。あれだけ母さんの期待されているんだし」
「そ、そりゃそうだけどさ…や、でも結婚って…」
ぶつぶつと呟くキルアに、彼女はクスクスと笑い出した。
どうやら、寂しいと思ってくれるようだ。
「キルアはきっと、格好よく成長するんでしょうね。私…キルアみたいな人を探そうかしら」
「…そんなの、見つかるわけないだろ!俺みたいなのなんて」
「あら、わからないわよ?もしかすると、運命的な出会いをするかもしれないし」
現実は、キルアどころか常識から180度ほどずれた人と出会ってしまうのだが、今の彼女が知る事ではない。
「まぁ、暫くは結婚しないわよ。最低限、キルアが一人で仕事をこなせるようになるまでは」
「な…!出来てるし!!」
「この間、怪我をして帰ってきたのはどこの誰だったかしら?」
「……………」
この子を守ろう―――いつか、この子が大切だと思い、この子を大切だと思ってくれる人が現れるまで。
誰に話すでもなく、その心に誓いを秘める。
そう遠くない未来にそれが達成されるのだと、その時はまだ、知らなかった。
けれど…何となく予感はあったのかもしれない。
「強くなりましょうね、キルア。自分と………いいえ、自分を守れるように」
【 世界を照らす、眩い光 】 キルア=ゾルディック / Carpe diem