052.繋いだ手のぬくもり

珍しく部活が休みだった陸は、偶には…と彼女を迎えに来た。
時々時間が合えば西部高校まで来てくれる彼女。
泥門の練習時間が短いというわけではない。
彼女曰く、

「無理やりマネにされたんだから、偶の充電日は私の特権なの」

だとか。
それでも、泥門のチームメイトが大会に向けて一丸となっている時には、その足並みを乱したりはしない優しさがある。

泥門に向かう途中で作って送信したメールを彼女が見るのは、恐らく着替えの時だろう。
着替えの時にそれを見て、驚いて…そして、急いで校門で待つ陸の元へと駆けて来る。
そんな彼女の様子がありありと想像できて、ふっと口元に笑みを宿した。
グラウンドの声は既に遠ざかり、練習が終わった事を伝えている。
彼女がメールを読むまで後数分と言ったところか。
首元のマフラーに口元を埋め、ポケットの中でカイロを握る。

「お待たせ」

寒いのにごめんね、と彼女が息を乱しながらやってきたのは、時間にして5分ほど経ってからだった。
急いでくれたのか、少し乱れた髪に手を伸ばし、手櫛でそれを整える。
陸の行動の理由に気付いた彼女は、苦笑を浮かべた。

「寒くなかった?」
「大丈夫だって。これでも鍛えてるから。それより…そっちの方が寒そう」

そう言って彼が指差したのは、素足剥き出しの制服姿の彼女。
もちろん、制服はスカートだ。

「寒いけど、慣れてるから」

ずっとだしね、と微笑んだ彼女の向こうに、小さな人影。
恐らく挨拶も早々に慌てて飛び出してきた彼女の行動をネタにすべく、着いてきたチームメイトだろう。
その中に見知った…瀬那やまもりの姿を捉え、心中で苦笑する。
悪いよ、などと言って多少は抵抗したのだろうけれど…興味には勝てなかったという事か。
そんな事を考えながら、陸がくるりと踵を返した。
彼女の手を引いて。

「わ…陸、手があったかいね」
「ん?あぁ…カイロのお蔭かな」

体温が低いわけではないけれど、改めて『あったかい』と表現されるほどではない。
彼女の手がよほど冷えていれば可能性はあるけれど…そこそこに、と言う程度だ。
理由に思い当たる節があったのか、陸はそう答えながら、空いた手をポケットに突っ込む。
そして、はい、ともう片方の彼女の手にそれを乗せた。
学校を出たときにあけたそれは、まだ暫くはぬくもりを残すだろう。

「ありがと。この時期ってカイロが愛しいよねー」

ご機嫌な様子で表情を緩めた彼女に、同じような表情を返す陸。
カイロを開けた理由は自分が暖を取ると言う事もあったけれど…大部分は、彼女に渡すためだ。
この表情を引き出せたならば、結果はまずまずと言ったところ。

「ね、あの人達…いつまで着いてくるかな?」

暫く歩いた彼女が、ふとそんな事を言った。
どうやら、追跡に気付いていたらしい。

「どの道、電車で分かれるだろ」
「そうね。その後もついてくるって…どれだけ暇なの、って話よね」

じゃあ、仕方ないか、と納得した様子の彼女。
好奇の視線がちくちくと背中を刺すけれど、幸い声を聞かれるような距離ではない。
この程度の視線は慣れている。

「そろそろ寒くなってきたね」
「もう冬だからな」
「今年の冬はホワイトクリスマスになるかな…どう思う?」
「あー…どうかな。今年はあったかかったから雪は難しいかもしれないけど…」

そうなればいいな、と同意するようにそう言えば、彼女は空を見上げて、うん、と微笑んだ。

「来週からだっけ。例の合同練習」
「そう。来週から、学校が終わったら泥門集合」
「そっか。じゃあ、その間は一緒に毎日帰れるんだ。…不謹慎だけど、嬉しいね」

クリスマスボウルへの道を失った彼が泥門チームに協力する事を喜ぶのは、あまり褒められた事ではないかもしれない。
けれど、嬉しいものは嬉しい。
最近は大会や陸の怪我の所為で、月に数えるほどしか会えなかったから。

「俺も安心するかな。この時期って変な奴が増えるし」
「あぁ、あれね。何でだろうね。クリスマスに向けて弾けるのかな」
「さぁ?変態の考える事なんてわからないし」

急ぐわけでもなくゆったりとしたペースで、取り留めない日常の会話を交わす。
手の平越しに体温を分け合いながら、彼らは寒空の帰路を進んでいった。

【 繋いだ手のぬくもり 】  甲斐谷 陸 / 向日葵

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09.10.21