050.約束の時間まで、あと少し
ティキと外で会うのは、本当に珍しい事。
いつもはティキの屋敷から出ないようにしているし、彼も出そうとはしない。
だからこそ、昨日彼にそれを告げられたときは、本当に驚いたのだ。
「出かけようか」
「え?」
「ずっと篭りきりだと気分が滅入るだろ―――っていうのは、ロードの意見なんだけどな」
自分が気付くべきところをロードから指摘された事が気に入らないのか、彼の表情は少し不満げだ。
一方、彼女は彼の言葉をゆっくりと噛み砕き、理解する。
「でも…」
外に出て、いいのだろうか。
教団を抜けた事に対する罪悪感が、彼女を屋敷の中へと押し込めていた。
ある意味では自由を得ているのだけれど、まるで、飛び方を忘れてしまったようだ。
言いよどむ彼女に、ティキはにこりと微笑む。
「12時…駅前で大丈夫?」
「外で待ち合わせるの!?」
「あぁ、そっか。駅前って言ってもわかんないよな。じゃあ、12時に部屋に迎えに来るから」
彼女が慌てたのは駅の場所がわからないからではない。
いや、それもわからないのだが。
違うの、と言う彼女の言葉を綺麗に無視して、彼は続けた。
「外は冷えるから、あったかい格好な。じゃあ俺、仕事だから…時間までに準備しとけよ」
そう言って、額に口付けられる。
そのまま迷いのない足取りで部屋を去ってしまった彼と入れ替わるようにして、ロードがやってきた。
「出かけることになったぁ?」
「…えぇ」
頷いた覚えはないのだけれど、半ば一方的に決まってしまった。
何となく、ロードはその事をわかっているような気がしたので、あえて説明はしない。
「ティッキーから頼まれてるからね」
「?」
にこぉ、と笑顔を浮かべたロードが、バンッと箪笥を開いて洋服をベッドの上に載せていく。
あれでもないこれでもないと呟きながら、一つずつ組み合わせていく彼女。
「はい、着替えてねー」
「ちょ…ロード!?」
「いいからいいから。服以外も選んであげるし」
背中を押されて隣の部屋へと押し込まれる。
服を手にバタンと扉を閉じられた彼女は、はぁ、と溜め息を吐き出した。
ロードがこちらの言い分を聞かないのはいつもの事だ。
既に慣れ始めている彼女は、着ていたワンピースのチャックに手をかけた。
「どう?…似合ってんじゃん。さすが僕」
着替えた頃合を見て顔を覗かせたロードが、彼女の姿に満足げな表情を浮かべた。
そのまま鏡台の前へと連れて行かれて、鏡に向き合うように座らされる。
「じっとしててね~」
言いながら、髪を纏め上げていくロード。
時々こうして着せ替え人形にされていたから、今更何をされても驚かない。
半ば諦めるようにしていると、程なくして髪の準備が終わったらしい。
リボンと共に編みこまれた髪は、少し低い位置で綺麗に纏められている。
器用なものだな、というのが、まず思った事。
前から後ろからと様々な方向から彼女を見て、うん、と頷くロード。
どうやら、自分の仕上がりに満足しているようだ。
「僕の仕事はこれで終わり。ティッキーには勿体無いけど…折角だから、楽しんでおいでよ」
この辺はエクソシストも来ないしさ、と笑ったロードに、ぎくりと肩を強張らせる。
図星とばかりに反応した彼女に、ロードはニコニコと笑う。
「じゃあねー」
ひらひらと手を振って部屋を出て行こうとするロードを呼び止める。
「ありがとう」
納得はしていなかったけれど、少なくとも自分のためにしてくれた事は確かだ。
礼を述べた彼女に、ロードは笑顔を一つ残し、部屋を去った。
準備には思った以上に時間が掛かっていたようで、ティキが帰るまでもう30分もない。
約束の時間は刻一刻と迫ってきていた。
彼女は、改めて鏡の中に映る自分自身を見つめる。
品の良い洋服と、綺麗な髪形。
少しだけ化粧を施され、自分自身ではないような錯覚すら起こす。
エクソシストだった時には、小奇麗にしておくのが限界で、こんな風にお洒落を楽しむ余裕なんてなかった。
くすぐったくて、でも少しだけ心が躍る。
もうすぐやってくるだろう彼は、どんな反応を見せてくれるのだろうか。
想像すると、何だかとても楽しかった。
「ティッキー。昨日はどうだった?綺麗に仕上がってたでしょ」
「お前がやったのか、ロード?」
「乗り気じゃなかったからね」
「そうか―――グッジョブ」
「あははは!うんうん。ティッキーならそう言うと思ってたよ」
【 約束の時間まで、あと少し 】 ティキ・ミック / 砂時計