049.三日月の夜
全てを覆い隠すような闇の中に、ぽかりと浮かぶ三日月。
待ち人はまだ来ず、無音の世界で夜を見上げる。
「月に帰るのか?」
背後から声が聞こえた。
スッと視線を動かせば、近付いてきた高杉が彼女の隣に並ぶ。
「月が故郷だと話した覚えはないけど」
「熱心に見上げていたようだからな」
言ってみただけだと言う彼は、煙管に火をつけた。
ふぅ、と吐き出された紫煙の中、ふと鼻に届く臭い。
「…血の臭い」
「返り血だ」
「…逃げられなかったの?」
訝しげな表情を見せる彼女。
そんな彼女に、彼はニヒルな笑みを返した。
「鬱陶しかったからな」
彼の機嫌一つで、一つの命が失われたらしい。
不運だった事を怨むしかないな、と思った。
「…晋助。私が月に帰るなら、どうする?」
「どうもしねェ」
好きにしな。
と、白い煙が吐き出された。
「月にお前を満足させるだけのものがあるならな」
そう言った彼は、誰よりも自分を知っていると思った。
月がどうなっているのかは知らないけれど、きっと…自分は、そこに満足する何かを見出す事は出来ないだろう。
一種の確信めいた感情を見透かしたかのような彼の言葉。
彼女は静かに笑んだ。
「本当に…あなたには敵わない」
「長い付き合いだからな」
「…そうだね」
今までも、そしてこれからも。
並んで見上げた三日月は、彼らの口元と同じようにひっそりと笑みを浮かべていた。
【 三日月の夜 】 高杉 晋助 / 朱の舞姫