042.抱き締めて

抱き締められて、安心できるのならばそれは親愛。
安心の中に落ち着かない感情を覚えたならば、それは―――






窓際で外の風景を見つめていた彼が、声によって振り向く。

「一つ、頼みたい事があるんだけど…」

あまり変化の見られない目が、意外だと訴えている。
確かにそうかもしれない。
私がこんな風に改めて彼に頼み事をするのは、本当に珍しい事だから。

「何?何かほしいものでもあった?」

彼は楽しげにそう尋ねてきた。
私の口から飛び出す頼み事の内容を楽しみにしているのだろう。
確かに、今から私が頼もうとしている事は、ある意味では、彼を楽しませるものになるかもしれない。
言葉を選ぶように3秒ほど口を閉ざしてから、彼を見つめてその言葉を発した。

「―――抱き締めて?」

―――非常に珍しいものを見た。
ぽかんと呆気に取られるの顔など、この先何度見る事ができるだろう。
私を見つめたまま手に持っていた本を落としそうになる彼に、心中で苦笑を零す。
そんな反応が返ってきてもおかしくないような事を言ったのは自分だけれど、珍しすぎる反応だ。

「…」

とりあえず、傾斜がぎりぎりになった本が、彼の手により救われた。
それを窓際の箪笥の上に置き、そして、空いた手が、くいっと動いた。

―――来い、と言う事だろうか。

ゆっくりと一歩目を踏み出して歩き、彼の前へとたどり着く。
最後の距離まで詰めるべきなのかを悩んだ私は、そこで立ち止まった。
しかし、彼は少し強引に私の腕を引き、最後の距離をゼロにする。
低めの体温が布越しに触れるのを自覚し、頬が焼けるような熱を持つのがわかった。
とてもではないけれど、彼の顔を見上げるなんて出来そうにない。
俯いた私の頭上から、クスクスという楽しげな声が聞こえた。

「満足?」
「え、えぇ…もういいから、放して」
「耳…真っ赤だよ」
「…自覚してるわ」
「君から誘ってきたのに」
「…確認したい事があっただけ」
「ふぅん…?満足な結果は得られた?」
「………そうね。認めざるを得ないと言う事はわかったわ」

何度放してくれと胸を押しても、彼の腕が緩む事はない。
強引に抜け出してみれば、部屋から立ち去るどころか一歩目を踏み出す前に背中から抱き締められた。
何が楽しいのか、1時間と少しの間、彼は私をそこに留めたまま、窓の外を見つめ続けた。
お蔭で寿命三年分くらいの鼓動を使ったような気がする。

「コウさん、お疲れですか?」
「…大丈夫よ」
「顔が赤いようです。もしかすると、風邪かも知れませんよ?」
「うん。熱とかはないから大丈夫。気にしないで」

あなたの主人の所為です、とは言えない。
大丈夫ですからと強引に作業に戻らせ、手元の野菜に視線を落とす。
彼の楽しげな顔が脳裏に甦ってきて、危うく野菜に八つ当たりをする所だった。

【 抱き締めて 】  1主 / 水面にたゆたう波紋

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09.09.29