038.いつか花開くときまで
「先輩、これ、貰ってください!!」
「ありがとう」
テニスコートから少し離れたところで休憩していた時に、聞こえてきた声。
告白か?と思ったが、声はどちらも女物だ。
興味本位で覗いた先には家庭科室。
春と言う気候のお蔭で開放されている窓際に、女子生徒の姿が見えた。
パタパタと走り去っていく背中、動くことなくその場に留まる背中。
渡したのが前者で、受け取ったのが後者である事は一目瞭然だ。
「何、あんたまた貰ったの?相変わらず人気者ね~。入学したばっかりの後輩からプレゼントされるってどうなの?」
「どうなんだろうね」
「…それにしても…甘いもの得意じゃないのに、ちゃんと貰ってあげるんだから優しいわよね、あんたは」
何だ、甘いものは好きじゃないのか。
それなら俺にくれよ、喜んで食べるから。
そんな事を考えながら、引き寄せられるままに家庭科室の背中を見つめる。
「ま、調理部に入ってるあんたがそうだとは思わないわよね、普通」
「私は食べるのが好きなんじゃなくて、食べてもらうのが好きだから。それより、早く掃除して帰ろうよ」
「はいはい」
肩を竦めた友人が彼女の元を去る。
その時、ザァと風が窓へと押し寄せた。
揺れたカーテンを見るように振り向いた彼女が自分を見つける。
少し驚いたように軽く目を見開いてから、彼女はにこりと微笑んだ。
「テニス部?お疲れ様」
「お、おぉ」
「今日は天気が良いから外の部活は大変だね」
「そうでもねぇぜ?風は気持ちいいからな」
「そっか。頑張ってね」
騒がれる事には慣れているけれど、女子とこんなにもあっさりとした会話をしたのは初めてだ。
始めは戸惑って、でもいつの間にかぽんぽんと繰り返される会話のキャッチボール。
彼女が窓を閉めるまでのほんの十数秒の会話は、とても新鮮だった。
「こっちは終わったわよ―――って、誰と話してたの?」
「んー…誰だろう。テニス部員で、たぶん同じクラス。あの髪は覚えてる」
「ふぅん……って。あいつ、丸井じゃない」
「知ってるの?」
「超有名。テニス上手いんだって、女子に人気よ」
「へぇ。そうなんだ」
「興味のない事には本当に疎いんだから。ま、あんたらしいけど」
「なぁ、ジャッカル」
「ん?あ、ブン太。お前、どこ行ってたんだよ?」
「気にすんなって。それより、調理部の奴、知ってるか?」
「はぁ?調理部?」
「おぅ。たぶん、同じクラスの奴」
その蕾が花を咲かせるのは、もう少しだけ先のこと。
【 いつか花開くときまで 】 丸井 ブン太 / スイートピー