036.目と目が合った瞬間に
ウルキオラとて、いくら藍染の命令でも、認めていない者に傅く事を良しとはしない。
彼が藍染の命令とは言え彼女に従うのは、彼自身が彼女を認めているからである。
それは、数十年も昔の事だった。
その日、虚圏は少しばかり苛立った空気に満ちていた。
殺気が溢れていると言っても過言ではなく、原因は自ずと知れる。
単身で虚圏へと入り込んだ一人の死神の所為だ。
ある者は関わらぬよう遠くへ、ある者は本能のままに原因を滅ぼそうと近くへ。
死期を早めたのは、言うまでもない。
「…また、無意味に命を捨てにきたの?」
白い塔の上に立ち、こちらに背を向ける彼女。
黒い死覇装の裾が風にバタバタと揺れる。
その足元には、彼女に敗れたらしい破面が数体。
「貴様がやったのか?」
声をかけたのは興味本位だった。
「そうね。本当は、あまり騒ぎ立ててはならないと言われていたんだけれど…仕方なかったの」
怪我一つ負う事も許されていなかったから。
こともなげにそう言った彼女は、抜き身のままだった斬魄刀で空を斬る。
彼女の周囲に漂っていた鬼火のようなそれが斬魄刀へと吸い込まれ、消えた。
幻想的とも言える光景に、ウルキオラは静かに息を飲む。
「あなたは彼らのように愚かではないみたいね」
キン、と斬魄刀を鞘に収め、彼女がそう告げる。
戦闘の意思はないと言う表れなのか、自分程度に斬魄刀は必要ないと言う自信なのか。
今のウルキオラには、それを判断する要素があまりに少なすぎる。
ゆっくりと塔から歩き出した彼女は、そのまま空を歩く。
まるで足場がそこにあるように、迷いない足取りの彼女の背中を見つめる彼。
「帰るのか?」
「用は済んだわ。これ以上留まっていれば、別の破面を呼び寄せるでしょうから」
斬魄刀により黒腔を開いた彼女は、それを背に振り向く。
「己の力量を正しく悟り、無為な行動を起こさない人は嫌いじゃないわ」
頑張って生き延びて―――あの人に従ってね。
そう言って微笑んだ彼女と、視線が絡む。
目と目が合った瞬間に、世界が変わった音がした。
愛などと言う陳腐な感情は己には似合わない。
けれど、あの瞬間に抱いた感情は、表現するならばそれが最も近かった。
「…彼女は興味のないものに対しては物覚えが悪くてね。君たちの大部分は、名前は愚か、顔すら覚えられないだろう。まぁ、気にしないでくれ。計画には何の支障もない」
藍染は後ろに従う部下を紹介し、最後に彼女を隣に立たせ、そう説明した。
どれほど殺気染みた視線を向けられようと、顔色一つ変えない彼女。
その目が破面たちを一瞥し、その流れの中でウルキオラとも視線を絡める。
彼女は眉一つ動かさず、藍染の後ろに下がった。
「残ってもらって悪かったね、ウルキオラ。君に、頼みたい事があるんだ」
「はい」
「これは私のものだ。冷酷を装っていても、根は優し過ぎるところがある。破面程度に傷つけられるとは思っていないが、万が一と言う事も考えられるだろう。だから、君に頼んでおくよ」
守れとは言わないけれど、傷つけないように。
一見、矛盾している命令を受けたウルキオラは、その意味を理解して静かに頷いた。
ウルキオラが少なからず彼女の存在に影響を受けていると言う事に、気付いていたのかもしれない。
そして、それを知った上で、牽制の意味をこめた命令を投げたのだろう。
「わかりました」
「ついでと言っては何だが、現世に行く時に彼女を連れて行ってくれ。ここに篭りきりより、外に出た方がいいだろうからね」
元より、彼女を得ようと考えていたわけではない。
「誰?」
「破面No.4、ウルキオラ・シファー」
「あぁ、あなたが…」
覚えられている事を期待したわけではなかった。
けれど、ほんの少しはそう望んでいたのかもしれない。
「………ふぅん…。頭の切れる男は嫌いじゃないわ」
どこかで聞いたような言葉に、あぁ、と納得する。
彼女は、何も変わっていなかった。
【 目と目が合った瞬間に 】 ウルキオラ / 逃げ水