035.欲しいものは
「終わったよ、晋助」
煙管をふかす背中に声をかける。
そして、振り向く事のない彼の隣に並んだ。
「問題は」
「なかったわ。あるとすれば…面白い事を言われたわね」
そう言ってクスリと笑った彼女に、高杉の独眼が向けられた。
「“欲しいものは何でも手に入れてみせる。だから殺さないでくれ”そう言って、命乞いをしてきた」
「…愚かだな」
「ええ、本当に」
愚か過ぎて、笑えて来たのだと、彼女が語る。
「…なんて答えた?」
「私?天人の居ない世界」
「…ククッ…。無理難題だな」
「まぁね。何でも、なんて大きく出るから駄目なのよ」
分相応な提案をしたならば、数分くらいは長生きできたかもしれない。
何でも、なんて明らかに不可能な事を口にしたが故に、死期を早めたのだ。
「それでも、昔ならもっとマシな…理解者が欲しいとか、そう言う事も考えられたんだろうけれど…今は無理ね」
「理解者、か…」
「ええ。あなた以上に私を理解する人は居ないでしょうから。それ以上を望む事は無意味だもの」
僅かに微笑んでそう告げれば、彼はククッと喉を鳴らす。
そして、上着に手を添えてくるりと身体を反転させ、歩き出す。
「中に入るぞ」
「はいはい」
空気がそこにあるのと同じように、自分を隣に置く。
この場所こそが、何よりも望んでいたものだったのかもしれない。
認められ、望まれる事。
認め、望む事。
どちらも、伸ばした手が拒まれなかった事により、得られたものだ。
「ねぇ。晋助は何を望むの?」
「天人の居ない世界、とでも言っておくか?」
「ふふ…無茶を言うわね、あなたも」
【 欲しいものは 】 高杉 晋助 / 朱の舞姫