028.可愛い悪戯

どうやら前の島で風邪のウィルスを貰ってきてしまったらしい。
この所風邪でダウンするクルーが多く、船医であるローは、忙しい日々を送っていた。
元々怪我以外では医者の世話になることが極めて少ない彼女は、日々を黒猫の姿で過ごしている。
理由は、人間の風邪は猫には感染しにくいからだ。
もちろん、それに気付いた事のは彼女ではなく、人手は少しでも多い方がいいと考えるローである。
手が必要な時には人間に戻り、それ以外は猫生活。
心まで猫になってしまいそう、と思いながら、日当たりの良い棚の上で伸びをした。

「ったく、どいつもこいつも…自己管理がなってねぇ」

ぶつぶつと文句を言いながらも、助手に調剤の指示を出している彼。
ただでさえ濃い隈が、より一層濃くなってしまっている。

「船長、薬草が足りません」
「…俺が行く。お前らは作業を続けてろ」
「はい!」

バサッと白衣を脱いだローが、足早に部屋を出て行く。
それを見送った彼女は、邪魔にならない部屋の隅で人型に戻った。
慣れた光景だと仲間たちが何も言わないのを良い事に部屋の中を横切り、椅子の所で立ち止まる。
無造作に椅子の背に掛けられた白衣を見下ろして、そして―――





「おい」

声が聞こえ、びくりと肩を揺らす。
ローがここに来るという事も、彼が近付いてきていた事もわかっていた。
緊張の中で声をかけられたことによる、反射的な反応だ。

「散々探し回ったぞ」

伸びてきたローの指先が、ピンッと彼女の額を弾く。
首を竦めた彼女を見届け、ふぅ、と溜め息を吐き出してから彼女の膝の上を見た。
皺にならないよう心がけていたのか、きちんと折りたたまれた白衣となくてはどうしようもない商売道具がそこにある。
薬草採りに出かけて帰ってみれば、置いたはずの場所に白衣がなく。
ついでに、医療道具までなくなっていたのを見れば、違う場所に置いたのだとは思わなかった。
ここ最近彼女が気に入っていた日当たりのよい棚の上にはその姿はなく、瞬時に状況を理解する。
部屋を出て、あちらこちら回って彼女を探して―――そして、漸くたどり着いたというわけだ。

「返せよ」
「…駄目」
「…」
「だって…ローさん、寝てないもん」

ぎゅっと白衣その他諸々を抱き込んでしまう彼女に、その行動の理由を察した。
寝る間も惜しんでいたことに気付いた彼女が、仕事から彼を引き離そうとしたのだろう。

「………どうすれば返すんだ?」
「ちゃんと寝て」
「わかったわかった。ちゃんと寝る。だから返せ」
「嘘ばっかり」
「…じゃあ、薬だけ作り終わったら3時間寝る。それでどうだ?」
「………本当に?」
「心配なら見張りでも何でも好きにしろ」

迷いなく返ってきた答えに少しだけ悩んでから、彼女は腕の中のそれを彼に差し出した。
ローは受け取ったそれらを白衣でぐるりとひとまとめにして小脇に抱え、もう片方の手を彼女に向けて差し出す。
それを見た彼女は無言で猫になり、腕を伝って彼の肩へと飛び乗った。

「…ローさん」
「ん?」
「ごめんね。忙しいのに…邪魔して」

彼が好きで寝る間も惜しんでいたわけではないとわかっている。
けれど、どうしても休んでほしいと思ったから、こんな行動に出てしまった。
やってしまってから後悔しているのか、彼女はしゅんと耳を伏せて謝罪の言葉を口にする。
そんな彼女に、ローは苦笑を浮かべた。

「そろそろあいつらの世話も飽いてきてたからな。いい息抜きになった」

気遣いだとわかっているけれど、そう言ってくれるならば…その言葉に騙されておこう。
喉元を擽る指先の動きに、ゴロゴロと喉を鳴らした。

【 可愛い悪戯 】  トラファルガー・ロー / Black Cat

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09.09.10