022.ほんの少しだけ触れた、指
白哉の自室から明かりが漏れていることに気づき、静かに床を歩く。
気配どころかその呼吸すらも押し殺して部屋に近付いた彼女は、開かれたままの襖のところから室内を窺う。
文机に向かっているらしい白哉の背中が見えた。
「―――…」
彼が何かを呟くのが聞こえた。
内容が聞こえなかったわけではない。
ただ、予想外の言葉が紡ぎだされ、理解するまでに少しの時間を要したのだ。
―――ルキア。
彼は、そう呟いた。
それを理解すると、気配を消す事を忘れて彼に近付く。
気付いていながら振り向かないその背中に、静かに身体を寄せた。
「…どうした」
驚いた様子もない声がそう問いかける。
しかし、彼女はそれに答えない。
無言で彼の背中に頬を寄せ、そっと瞼を伏せる。
着物を掴む指先に力が篭った。
やはり、この人はちゃんとルキアを愛している。
その気持ちが本人に見えていないことが、哀しいと思った。
「ルキアは…帰って来ますよね…」
何とか紡ぎだしたのは、そんな頼りない言葉。
ルキアを案じている彼を励ますどころか、自分自身の不安が零れ落ちてしまったようだ。
「案じる必要はない」
「…ええ」
信じています、と呟く。
それは自分への言葉だったのか、彼に向けた言葉だったのか。
彼女には、わからなかった。
着物を掴むだけだった手を、少しだけ動かす。
少しでも拒まれるのならばやめよう。
そう思いながら、彼の身体に手を回した。
不自然すぎるほどに、触れるギリギリのところで止まってしまう手。
自分自身の勇気のなさに苦笑しつつ、そのまま離れようとした。
しかし、離れようとする手に重ねられた別の体温によって、彼女の動きは止まる。
自身の腰に回された彼女の手を受け入れるように、それに重ねられた白哉のそれ。
触れる事を、許されてしまった。
今更ながら自分自身の行動に頬を赤くした彼女は、動揺を隠すように彼の背中に顔を隠す。
「不安を抱く必要はない。ルキアは、必ず帰ってくる」
彼女の行動は、ルキアを案じるが故の不安によるものだと判断されたらしい。
本当は少しだけ違うけれど、わざわざ心中を暴露する必要はない。
寧ろ、どう取り繕ってでも隠したいくらいなのだ。
彼の言葉に否定の声を上げず、彼女は羞恥心が心地よさを上回るその時まで、彼の体温に触れていた。
伸ばした指先が触れたのは、彼の心のかけらだったのかもしれない。
【 ほんの少しだけ触れた、指 】 朽木 白哉 / 睡蓮