020.明日が来る前に
ぐたり、とまた一人、机に倒れこんだ。
もう何日満足に寝ていないのだろう―――倒れた同僚を横目に、そんな事を考える。
仕事が大詰めを迎えていて、この山を乗り切れば開発が成功すると言うところまで来ている。
しかしながら、そろそろ体力気力共に限界が近い。
―――明日が来る前に終わるか…?
あえて時計を外した仕事部屋の中で、リーバーは黒ずんだ天井を見上げた。
数日前から、科学班と顔を合わせていないことに気付く。
また仕事で引きこもっているんだなと呆れ半分、納得半分。
仕事の鬼といっても過言ではない彼らの事だ。
きっと、今の日付も時間もわかっていないだろう。
彼らを見なくなってからの日数を数えてから、彼女は苦笑を浮かべた。
そして、暫く満足に食事を取っていないであろう彼らの胃を刺激しない薄めのコーヒーを作る。
―――さぁ、何人が生きてるかしらね?
締め切られたままだった扉に手をかけた。
「1、2、3…6人?思ったより少ないわね」
身体を起こしている人数を数えた彼女の声が部屋の入り口で響く。
辛うじて余力を残している者が、そちらを振り向いた。
「はい、皆さんお疲れ様」
一人ずつにコーヒーを手渡していく。
きっと、水分補給も怠っていただろうと考え、すぐにでも飲み干せる温度にしてあるそれ。
受け取るなり思い出したようにゴクンとそれを呷る者も居て、やはり、と苦笑いを浮かべた。
起きている全員にそれを配り、最後に湯立つコーヒーカップを片手に、一番奥へと進んだ。
一際高い書類の山に囲まれている机の向こうの彼は、果たして無事なのだろうか?
「…一応起きているけれど…一番酷い顔をしているわね」
「…そーかー…?」
あと一歩進めば、沈むだろうと言うところまで来ている様子だ。
目の下の隈の濃さが、それを物語っている。
「水分補給はしてる?あなたは温いコーヒーは嫌いだったから、熱いのを入れてきたんだけど…」
「あー…水は飲んでるから安心しろ。ありがとう」
彼が指差した先に水差しとグラスが置いてある。
きっと、誰かが気を使ってくれたんだろう。
「あまり無理をしない方がいいと思うけど」
「もうちょっとだからな…明日までに完成させたいんだ」
「…“明日”?それはいつの話?」
「明日は明日だろ」
ぐび、とコーヒーを一口飲んで、そう首を傾げる彼。
彼女は何となく嫌な予感を覚えた。
「リーバー…もしかしなくても、あなた…今の時間がわかっていないでしょう」
「時間がたつのが目に見えるのが嫌だっつって外したヤツがいたからなぁ」
元々時計が掛かっていた所を見上げてそう呟いたリーバーに、彼女は溜め息を吐き出した。
そして、懐中時計を取り出して蓋を開け、彼に時間を見せてやる。
短針は殆ど3に近い場所に居て、長針は間もなく12を指す。
両方の針が示す時刻は、3時間際だ。
「…昼の3時か?」
「まさか。真夜中の3時。明日なんて、とっくに来ちゃってるの」
おわかり?と首を傾げた彼女。
唖然とした様子で時計を見つめていたリーバーは、やがて納得したように背もたれに身体を預けた。
「道理で眠気が来るわけだ…」
「いや、それは疲れからだと思うのよ。だから、交代で休憩を入れたらどうかしら」
「…そうだな…」
明日が来る前に、と言う目的は、既に更新されてしまっている。
それならば、少しくらい休んだ方が、疲れた身体を押していくよりは効率が上がるかもしれない。
よし、と立ち上がり、机でダウンしている部下の元へと歩いていく彼を見送り、今まで彼が座っていた椅子に腰掛けてみる彼女。
すっかり彼の体温に馴染んでしまっている椅子は、不思議と柔らかく感じた。
「4日間も徹夜なんて…よくやるわ、まったく」
そう言って呆れながら、彼が目を通していたであろう書類を手に取る。
彼が部下全員のところを回ってくるまでの少しの間、これを手伝ってみる事にしよう。
【 明日が来る前に 】 リーバー・ウェンハム / 鎮魂歌