019.記念日には
「紅!どこに居る!?」
自室でのんびりと縫い物をしていた紅は、自分を呼ぶ声に手を止めた。
声の主は、この城の城主のもの。
朝から出掛けているはずの彼の声が聞こえて、漸く帰ってきていたのだと気付く。
いつもならば侍女の誰かが声をかけてくれるのだが、今日に限ってそれがなく、今の今まで気付かなかったのだ。
「紅!」
近付いてくる足音と共に、声が大きくなってくる。
何か緊急の用事なのだろうか。
紅は慌てて針を箱に片付け、腰を上げた。
足音はすぐ近くまで来ている。
「政宗様、お方様は私共がお呼びしてまいります…!」
主自ら動かせるわけには行かないと、必死な様子の侍女の声が足音を追ってきている。
なるほど、帰ってきたことを報告するよりも先に、彼が動き出してしまったのか。
状況を整理しつつ障子に手を伸ばすが、それは自動ドアのように近付いただけで開いた。
驚いて顔を上げた紅の視界が、色彩に埋め尽くされる。
思わずきょとんと瞬きをする彼女。
「………花、束…?」
見たままを呟くと、おう、と言う肯定の声がそれの向こうから聞こえた。
渡されるままにそれを受け取り、漸く一抱えもある花束の向こうに彼の顔が見える。
後を追ってきていた様子の侍女に下がれと言う指示を出しているらしい彼。
侍女達が去ると、彼は困惑した様子の彼女の背中を押して室内に入る。
「政宗様、これは?」
「お前らの時代では、記念日には贈り物をするんだろ?」
「え、えぇ…人によりますけれど、よく聞きますね」
また悠希だな、と思いつつ、そう答える。
記念日に贈り物をと言う話が出ていて、一抱えほどの花束を渡されている。
と言う事は、これは記念日の贈り物と言う事なのだろう。
しかし―――
「…今日は何かありましたか…?」
暦を思い出してみても、わからないのだ。
首を傾げた彼女の、政宗は苦笑いを浮かべた。
何となくそんな気はしていたと言った彼は、紅の肩を抱いて縁側へと移動する。
「一年前の今日―――お前が奥州に帰ってきた」
「………あ…」
そう言えば、庭の木々が同じような風景を見せている頃だったかもしれない。
あの時はとにかく必死だったから、あまりよく覚えていないのだ。
内心が表情に表れたのか、政宗は紅の表情の変化を楽しげに見下ろしている。
「それが記念日、なんですか?」
「何でも良かったんだがな。その花は今が見頃だろ」
彼女が好きそうだと思い、どうせならばと何か記念日に相当するものを探しただけ。
記念日に合わせたのではなく、贈りたいと思った時に記念日が近かっただけだ。
そう言った彼に紅は口元を花束に埋める。
ふわりと鼻腔を擽る花の香り。
「…ありがとうございます。嬉しい…大好きです」
「それは、花の事か?」
「…もう」
頬を染めて口を尖らせた彼女に、政宗が柔らかい笑みを返す。
質問の答えは聞けそうに無いけれど、彼女の表情や空気が答えだった。
次の記念日には、何を返そうか?
紅はそんな事を考えながら、腕の中の花束を見下ろして優しく微笑んだ。
【 記念日には 】 伊達 政宗 / 廻れ、