018.離れ離れの時間
ビュゥ、と風が吹き、思わず帽子を押さえる。
すると、油断していた前方から何かが飛んできて、ローの顔を掠めていった。
思わず振り向くと、それは風によって彼のすぐ後ろの壁にべたりと張り付いている。
逆さまになった写真の中で、一人の青年が屈託の無い笑顔を浮かべていた。
「船長、何か飛んで来なかった!?」
風を追うように走ってきた彼女が、詰め寄るようにして声を上げた。
そんな彼女を見て、くいっと自分の後ろを親指で指す。
視線を運んだ彼女の表情が安堵のそれに変わった。
「良かった…!海に落ちたら飛び込むところだった…」
ちょっと待て、お前が飛び込んだら誰が助けると思ってるんだ。
壁に張り付いたそれを引っぺがし、とんでもない事を呟く彼女に、心中でそう思う。
もちろん、同じく悪魔の実の能力者であるローでは、ミイラ取りがミイラになってしまう。
「そんなに大事なら箱の奥にでもしまっておけよ」
「んー…駄目。今のルフィをしっかり覚えておかないといけないから」
手にした手配書を見下ろし、彼女はそう答えた。
曰く、暇さえあれば手配書を見ているのは、今のルフィを脳裏に焼き付けるためらしい。
村から攫われて数年―――幼馴染は、随分と成長してしまっていた。
「覚えないと、偶然擦れ違っても気付かないかもしれないし」
離れ離れの時間は、二人の間に浅くない溝を生み出した。
彼女は、寂しそうに手配書を見つめた。
ローはそんな彼女の手から手配書を奪い取る。
驚く彼女を他所に、くるりと船内へ踵を返した。
「ちょっと、船長!それは駄目!!」
「あー、うるせー」
ちょっと黙ってろ、と空いている手で彼女の頭を押す。
上から押さえられた彼女は、軽く体勢を崩しながらも彼についてきた。
やがて辿り付いたのは彼女の部屋として宛がわれている一室。
パッと彼女の頭を解放して、壁へと近づいたロー。
そこに引っ掛けてあるコルクボードからフリーのピンを抜き、ザクリと手配書の上辺の真ん中に差し込んだ。
「ここに貼っとけ。持ち歩くな」
部屋に入ればいつでも目に入る場所に貼り付けられた手配書。
彼の行動を止めようとしていた彼女は、コルクボードにあるそれに口を閉じた。
「…持ち歩くの、駄目?」
「なくして、手に入らなくてもいいなら構わないぞ」
「んー…再発行してもらえると思うし」
「海軍のところに貰いに行くのか?一人で行けよ」
「あ、そっか」
ポン、と手を叩く彼女は、今気付きました、と言う表情だ。
お気楽な彼女に溜め息が零れる。
「ありがとう、ローさん」
嬉しそうに笑ってから、彼女は仲間に呼ばれて部屋を出て行った。
一人、彼女の部屋に取り残された彼は、手配書の写真を見つめる。
どこまでも屈託無く笑う様は、本当に海賊だろうかと思うほどだ。
けれど、その名前はもちろん自分も耳にした事がある。
彼の起こした事件には自分でも正気か、と思ったほどだ。
いずれ、進む先で出会うであろう海賊。
「…思い出させるのはこの部屋の中だけにしとけ」
どこにでも手配書を持ち歩かれていると、まるで麦わらの一員の彼女をこの船に繋ぎとめているみたいだと思った。
場所を特定してしまう手段は多少強引だったかもしれないが、彼女が納得しているのだから問題は無い。
一歩、彼女を思い出から引き離す事に成功したと言えるだろうか。
「いい加減思い出になれよ、麦わら屋」
彼女はもう、ハートの海賊団の仲間なのだから。
【 離れ離れの時間 】 トラファルガー・ロー / Black Cat