016.些細な喧嘩

「ほら、いい加減、意地張るのをやめれば?」

机に向かうようにして暫くの間彼女を放置していた翼は、1時間経ってから椅子ごと身体を振り向かせた。
ベッドのところでお気に入りのクッションを抱えて俯いている彼女の姿勢は、1時間前と何も変わっていない。
眠っていると言うわけではないようだ。

「意地を張ってるから、謝れないんだって」
「意地じゃない」

つん、とそう答えた彼女は、口元をクッションに押し当てる。
それが意地じゃなくて何だというのか。
やれやれと溜め息を吐き出した翼は、机の上の携帯電話を手に取る。
先程からの1時間、勉強の合間にメールをしていた相手を思い浮かべた。
強情で意地っ張りなのは、どちらも同じなのかもしれない。

「今のうちに仲直りしないと、今度はもっと早くにしとけばよかったって後悔して沈むんだろ?いい加減、諦めなよ」
「…そんな事しないわ」
「…どうだかね」

どうやら、彼女に折れろと言うのは無理らしい。
どうするかな…と考えたところで、翼は自室に近付いてくる足音に気付いた。

「あぁ、ここに二人ともいたのね。ちょっと出掛けてくるから、留守番を頼みたいと思って」
「うん、構わないよ。どこに行くの?」
「3丁目の方で火事があったみたいで…様子を見てくるわ。その帰りに買い物をしてくるわね」
「3丁目で火事?」

その内容に反応したのは、今まで会話をしていた翼ではない。
クッションから顔を上げて確認する彼女に、翼の母が頷いた。

「私もご近所さんに聞いただけだから、詳しい話は知らないんだけれど…」
「おばさん、私も行きます!」
「そう?じゃあ、一緒に行きましょうか。翼、留守番よろしくね」

彼女を連れて母が去っていく。
一人部屋に残った翼は、ふぅ、と溜め息を吐き出した。
3丁目と言えば、彼女の喧嘩相手の住所だ。
とは言え、広い町内の火事で心配になるくらいなら、すぐに仲直りをしておけばいいのに、と思う。
二、三回前のメールで、「さっきから消防の音がうるさいわ」と話していたから、彼女の家は関係ない。
何がともあれ、これで二人の喧嘩は終わりだろう。

「…ま、上手い具合に切欠が見つかってよかったって思うべきなのかな」

彼女の体温の残るベッドに倒れこみ、見慣れた天井に向かって苦笑を浮かべた。

【 些細な喧嘩 】  椎名 翼 / 夢追いのガーネット

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09.08.23