011.声を聴かせて

クロロが留守の日に限って、嫌な夢を見た。
彼と一緒に過ごす事に慣れてしまった所為なのか、人の気配のない建物の中が嫌になる。
どんな夢だったのかと問われると説明できないけれど、とにかく愉快ではない夢だった事は確かだ。
ベッドの上でシーツに包まり、枕元に置いてあったケータイに手を伸ばす。
折りたたみのそれを開いて、いくつかの操作をして。
あと一つボタンを押せば、それが完了してしまうと言う状況で手を止める。
画面に彼の名前を表示させているけれど…ここで電話をしたら、まるで夢に怯える子供のようではないか。
それを自覚してしまうと、最後の一歩と言うのは中々踏み出せないものだ。
バックライトの消えた画面を見つめる事、数秒。
突然、メロディが流れた。

びくりと肩を揺らした彼女は、ドキドキと逸る心臓を押さえる。
胸が苦しくなるようなドキドキではなく、驚きによる心臓に悪いアレだ。
着信の主は、今まさに彼女が電話をかけようかと悩んでいたその人。
少しの間躊躇うような素振りを見せてから、彼女は無言でボタンを押した。

「―――はい」
『…俺だが…声がかすれているな。どうした?』
「どうしたって…寝ていたからじゃないかしら」
『寝て…?』

解せない、と言いたげな声だった。
思わず時計を確認すると、針は深夜と呼ぶに相応しい時間を指している。
何もおかしくないではないか、と思ったところで、電話口の向こうから、あぁ、と納得する声が聞こえた。

『すまない。時差を忘れていた。こっちはまだ夕方だからな』
「…珍しいわね。クロロがそう言うところを失念しているなんて」
『声が聴きたいと―――思っただろう?』

彼の言葉に、彼女はぴたりと動きを止める。
まさか、見られていたはずはない。
では何故、彼は知っているのだろうか。
驚く彼女を他所に、クロロはこともなげにこう続けた。

『冗談だ。まさか、お前がそんな事を思ってくれるとは考えていないよ』
「…冗、談…ね」
『どうかしたのか?』

彼女の声のトーンが変わった事に気付いたのだろう。
クロロの問いかけに、彼女は、なんでもない、と呟いた。
驚いた―――冗談ではなかったとしたら、自室でもおちおち気を抜けないと思った。

「そっちはどうなの?仕事は終わった?」
『あぁ。もう片付いた』
「そう。じゃあ、もうすぐ帰ってくるのね」
『そうだな。―――…』
「クロロ?」
『まさか、本当にそう思ったのか?』
「何が?」
『声を聴きたいと、思っていたのか?』

思わず言葉を返す事を忘れた彼女に、そうか、と納得してしまう彼。
慌てて違うんだと取り繕うも、後の祭りだ。

「違うのよ、クロロ!」
『明日、朝一の飛行船で帰る。待っていてくれ』
「待たないし、朝一で帰ってくる必要もないわよ!腹が立つくらいに嬉しそうな声を出さないで頂戴!」
『ははは!照れなくていいよ』

照れてない!と本心からそれを否定するけれど、相手には届かない。
確かに、夢見が悪くて心細さを感じた事は否めないが、だからと言って声が聴きたいなど、まるで乙女のような事を考えた覚えはないのだ。
必死に否定するが、頂点を極める彼の機嫌を元の位置に戻すことが出来ない。

『明日を楽しみにしているといい』

そう言って、電話が切れた。

「…逃げようかしら」

幻影旅団の頭から逃げられるはずがないと理解しているけれど―――本気で、そう思った。

【 声を聴かせて 】  クロロ=ルシルフル / Ice doll

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09.08.14