010.たとえ雨でも嵐の日でも
「ひゃーっ!すっごい雨!!」
タンッと甲板に降り立った彼女は、ブルリ、とその身を震わせた。
まるで猫が水を払うような動作に、周囲の空気が一瞬和む。
だが、次の瞬間にはそんな場合ではないと思い出したのか、皆が持ち場へと急いだ。
ザァザァと叩きつけるような雨は、風と共に船を右へ左へと弄ぶ。
つい1時間前までは晴れてたのに…そんな事を呟きながら、彼女は頬に張り付いた髪を掻き集めた。
「ちゃんと拭けよ。風邪引いても診てやらんぞ」
「はーい」
声と共に渡されたタオルを受け取り、これ以上濡れないように廊下へと避難する。
マストの修繕の手伝いは終わったし、彼女の役目は終わりだ。
バランス感覚は船内トップだが、力は弱い彼女が甲板に居座っても邪魔になるだけ。
適材適所―――無理なく効果は最大に、そんな配分を常とする我らがロー船長の教えである。
白いタオルでガシガシと頭を拭き、ふぅ、と息をする。
廊下を歩いていた彼女は、その一角が水浸しになっていることに気付いた。
窓を閉め忘れたらしい、とそこに近付いていく。
そこで、驚くものを発見した。
「ロー船長~。これ、どうしましょ?」
一足先に船長室に戻っていたローをたずね、ドアからひょいと顔を覗かせる。
彼が振り向いたところで、“これ”と称したものを見せた。
「…どこで拾ってきた?」
「廊下に落ちてました。きっと荒波で打ち上げられたんですねぇ」
「捨てて来い」
彼女に摘まれ、ビチビチと身体をばたつかせている魚。
確か、空気中でも2、3時間は生きられると言う珍しい魚だ。
捨てて来いと言われた彼女は手元で相変わらずビチビチしている魚を見下ろした。
「捨てるの?」
「食うのか?」
いや、魚が好きな事は知っているが、流石にそれは。
止めるわけではないけれどそんな事を思ったロー。
恨めしげに魚を見つめ続けていた彼女は、漸く決意をして、窓に近づく。
きっちりと閉ざされていたそれを開き、魚を海へと投げた。
ぽーん、と弧を描くわけでもなく、寧ろ直線を描いて海へと飛んでいくそれ。
「お前…容赦ないな」
嵐はまだ、抜けそうにない。
ある晴れた日のこと。
陽気な陽の下で転寝をしていたはずの彼女の足音が近付いてくる。
「船長~!!」
「ドアが壊れる。って、お前、それ…」
「またこの間の魚です!ほら、傷の位置まで!!」
「お前、傷つけておいたのか」
よほど捨てたくなかったらしい。
そう言えば、彼女は結局何のために例の魚をローの元に運んできたのだろうか。
尋ねてみれば、彼女はあっさりとこう答えた。
「空中で生きる魚って不思議じゃないですか。部屋で飼ってみたいと思って!」
「…まず、一つずつ行くぞ。この魚は空中ではよくもって3時間だ。
仮に生き延びるとしても、寝ぼけたお前は悪魔の実のせいで本能的に動くから、目の前で泳いでたら絶対じゃれ付く。魚にとってはどっちも結果は同じだな」
「………結局のところ、飼うのは無理ってことですね」
「あぁ。ベポで我慢しろ。っつーか、そろそろ逃がしてやれ」
「うーん…仕方ないですね」
そう言って頷いた彼女は、前のときと同じように窓に近づいて、そして。
「またその投げ方か、お前は。好きなのか嫌いなのかはっきりしろよ…」
いっそ怨みでも篭っているような解放の仕方だと思う。
彼女は思わず呟いたローに気付かず、遥か向こうの水面に落ちるのを見届けた。
雨であろうが嵐であろうが、彼女以上の台風など存在していないのかもしれない。
【 たとえ雨でも嵐の日でも 】 トラファルガー・ロー / Black Cat