006.どうか傍にいて
ピリピリピリ、と携帯が音を立てた。
部室に来てからマナーモードにするのを忘れていた、と慌てる陸。
一番携帯に近かったキッドがそれを拾い上げ、彼に差し出した。
「すみません」
「練習も終わってるし、いいんじゃないかな?」
今からはオフだよ、なんて、まるで社会人のようなことを言ってのける。
彼の計らいに感謝しつつ、画面を確認する。
そこに映し出されている名前は、陸にとっては珍しいものだった。
彼女は、陸が部活をしているとわかっているからこそ、何か連絡がある時には電話ではなくメールを使う。
「もしも―――」
『陸、助けてっ!!!』
開口一番、助けを求められた。
鬼気迫るその声に、陸の表情が凍りつく。
「どうしたんだ!?」
『や…あいつが…っ!陸…!!』
「おい!!…くそっ。切れた…」
電話が切れた事を伝える無情な電子音を耳から遠ざけ、ガサガサッと荷物を鞄に詰め込む。
シャツのボタンすら完全に留めないままに、彼は鞄を担いだ。
「お先です!!」
今しがた部室に入ろうとした先輩に辛うじてそう声をかけ、校門へと走り去る陸。
「…何だぁ?陸の奴…」
「…どうも、穏やかじゃないねぇ…」
何があったのやら、とテンガロンハットをくいっと下げるキッドの呟きに、部員が首を傾げた。
「大丈夫か!?」
「り、陸~!!!」
合鍵で玄関を開けるなり、廊下の向こうから飛んでくる彼女。
ギリギリのところで彼女を受け止めた陸は、無事な姿を見て安堵する。
「一体どうしたんだよ?」
「あいつが出たの!!」
「あいつが“出た”?」
不審者か何かの可能性を考えていた陸は、“出た”と言う表現に違和感を覚えた。
「人間…じゃないのか?」
「人間じゃないから通報できないの!!」
「通報って…」
「キッチンに入れないのよ~!!何とかして!」
半泣きと言うよりは、殆ど泣いている。
一つとはいえ年上である彼女は、あまり弱いところを見せようとはしない。
こんな彼女を見るのは初めての事で、予想とは違った現実だとしても、彼女に頼られていると言う事実は陸にとって嬉しいものだった。
「キッチンって…あぁ、もしかして、ゴ―――」
ゴキ、と首の辺りから嫌な音がするほど、勢いよく口を塞がれた。
鍛えていなかったら捻っていたかもしれないと、日々の鍛錬に感謝する。
よほど嫌いなんだな、と思ったところで、彼女の足元をススッと通る黒い影を見つけた。
「聞くのも嫌なの。察して!!」
「…………あのさ」
「何!?」
「…ちょっと、ごめん」
そう一言を入れてから、ひょいと彼女を抱き上げる。
教えたら教えたで、きっと硬直してしまうだろう彼女に対するささやかな配慮だ。
驚きのあまり涙も止まっている彼女を他所に、陸は閉じていた玄関を開ける。
外からの風に誘われたのか、黒い影はスススス、と新しい世界へと消えていった。
「り、陸?」
「いや、足元に居たから」
「っ!!!!」
「もう居ないって。首、絞まってる」
ぎゅぅ、と痛いほどに縋り付かれ、苦笑を浮かべる。
出て行ったよ、と教えれば、漸く腕の力を抜く彼女。
「…殺さなかったの?」
「って言うか、潰したら潰したで嫌がりそうだと思ったんだけど…」
「…うん」
「あれ買ったら?置いておいたら捕れるやつ」
「捕れても触れない。半径1メートル以内は無理」
確かに、それでは捕獲後の処理が難しい。
1メートルに入らないよう逃げる彼女を想像すると、何だか笑いが込み上げてきた。
「明日にでも買っておいてよ」
「だから―――」
「処理は俺がすればいいんだろ?」
「…して、くれるの?」
「じゃないと安心して眠れないだろ」
「………うん。ありがとう」
漸く安心した様子の彼女に、陸の表情も和らいだ。
とりあえず、明日からは暫く部活後に彼女の家に寄ることになりそうだ。
【 どうか傍にいて 】 甲斐谷陸 / 向日葵