005.眠れない夜に
一度はベッドに横になってみたものの、いつまで経っても眠れそうにない。
仕方なく身体を起こした彼女は、ふと風に揺れるカーテンを見た。
散歩でもすれば、眠れるようになるだろうか。
逆効果かもしれないと思いながら、玄関へと向かう。
幻海の屋敷は山の中だ。
夜道を照らす光は月明かりだけ。
時折、ホゥ、と梟の声が聞こえる中を、のんびりと進む。
いつの間にか、彼女の姿は妖怪のそれへと変化していた。
無意識に気を抜いてしまったわけではなく、意識的に人間に変化することをやめたのだ。
不意に、彼女がその足を止めた。
「蔵馬、どうしたの?」
すぐ脇にある大きな木の枝に、銀色の妖狐の姿がある。
この時間ならば家で寝ているはずの彼が、何故ここに。
そんな想いをこめた問いかけに答えることなく、彼は軽やかに彼女の前へと降り立った。
「それはこちらの台詞だ。眠れなかったのか?」
「ええ。その様子だと、眠れなくて…たずねてきてくれたのかしら?」
その沈黙は肯定の返事だ。
「じゃあ…一緒に夜の散歩でも、どう?」
「あぁ、そうだな」
今日は月が明るい。
そう呟いた彼に釣られるように空を仰げば、木々の合間に満月が見えた。
昔から、満月には不思議な魔力があるといわれているけれど…本当なのだろうか。
「何となく…満月の日は、狐の血が騒ぐ気がするわ」
「あぁ。恐らく、妖狐の周期が月のそれにかみ合ってるんだろう」
「いつもは眠れないほどじゃないんだけど…今日の月は一際綺麗ね。その所為かしら」
迷惑なことだと思いながらも、月の美しさに流されてしまいそうだ。
何より、月明かりが照らす蔵馬の銀髪が、言葉を失うほどに綺麗だから―――別に流されてもいいかな、と考えてしまう。
思わず手を伸ばしてその銀糸を指先に絡める。
「綺麗ね」
「俺は、お前の方が綺麗だと思うが?」
「ふふ。お互い様と言うことかしら」
夜風が二人の髪を揺らす。
二人の妖狐は、その風に乗るように姿を消した。
彼らがどこに向かったのかは、月明かりだけが知っているのかもしれない。
【 眠れない夜に 】 妖狐蔵馬 / 悠久に馳せる想い