004.何度も読み返してしまう手紙

「…こんな所に片付けていたのね…」

質素な白い箱の中に収められていたそれは、もう何十年も前の手紙だ。
最後に記されている名前は、朽木白哉―――そう、これは、彼からの手紙。
それは、奥深くにしまい込まれていた箱の一番下で静かに眠っていた。
まるで、その目に触れることを恐れるように隠されたそれを、捨てることなどできはしない。

「始まりの手紙、だものね…」

困ったように微笑んで、しゅ、と紐を解く。





「いくら四大貴族とはいえ、失礼にもほどがある」

当主である父に届けられた、朽木家当主―――白哉からの手紙。
それは、雪耶家の娘である紅との婚姻を求めるものだ。

「白哉殿は変わられた。昔は、このような不躾な青年ではなかったと言うのに…やはり、流魂街出身の娘が悪影響を与えたようだな」

汚らわしいとばかりに吐き捨てた父は、憤りのままに手紙を縦に引き裂いた。
幼い頃からの婚約を、一度は向こうからの破棄されたのだ。
ましてや、相手の娘はどこかの貴族ではなく、流魂街出身者。
当然、その事情を聞いた当主は怒り狂った。
幼少時より親に逆らうことなど考えなかった紅は、ただただ黙してその怒りが収まるのを待ち続けたのだ。

「紅、これを持って、部屋に下がりなさい。…お父様との話は、少し落ち着いてからにするのですよ」

手紙を細切れにして怒っている父を見つめていた紅は、そう言って一通の手紙を手渡され、部屋を追い出された。
釈然としない思いを抱きながらも、手紙を手に自室へと戻る。
ぱたりと襖を閉ざして窓際に座り、手紙の紐を解いた。

「―――え?」

美しく流れる筆跡に覚えがある。
まさか、と言う思いで手紙の最後に目を向ければ、そこは『朽木白哉』と言う署名で締めくくられていた。
朽木家から届けられた手紙は二つあり、一つは父へ、そしてもう一つは紅へのものだったのだ。
目に触れれば一緒に処分されるとわかっていた母が、紅へのそれだけをそっと隠したのだろう。
彼女は、紅の気持ちを知る数少ない人物だ。
一方的に婚約を水に流され、紅は深く傷ついた。
出来るならば、二度と顔を合わせたくはないと、そう思った事もある。
けれど…それでも、この手紙を読まずに捨てる事は出来なかった。
ずっと抱き続けた想いは、彼が妻を迎えてからも消えてはくれなかったのだから。


白哉からの手紙の内容は、一言で表すのならば求婚だ。
手紙には、1年ほど前に亡くなった彼の妻、緋真の望みであると言うことと、後妻と言う立場に立つ事になる彼女への謝罪も含まれていた。
貴族として、跡取りも居ないまま独身である事は、体裁が悪い。
家の者が立ち上がる前にと、白哉自ら先手を打ったのだろう。
ただ、彼のためを思うのならば、是と言う返事を送ればいい。
しかし―――自分の気持ちはどうなるのだろうか。
捨てきれない感情を、無理に忘れようとしていた日々。
彼を受け入れることが自分にとって望ましいことなのか…それが、わからなかった。





今、紅が手にしているのはその時の手紙と、そして、もう一つ。
それは、紅が父への説得を後回しにして、先に返事の手紙を送り、その翌々日に届けられたものだ。

そこには紅の返事に対する感謝が綴られていた。
そして、緋真の望みであると同時に、白哉自身も紅を望んでいるのだと。
淡々とした文面で綴られた手紙の中には、彼の誠実な心中が現れていた。
それを読んだ紅は、この人の力になろうと決めた。
父の説得に費やした一週間―――毎日読み返した手紙は、一通目の物よりもいくらか草臥れている。

「紅?」

押入れの前で立ち尽くしている背中に気付いたのか、彼女を呼ぶ白哉の声。
慌ててそれを箱の中に片付け、蓋をする。

「あ、お客様はお帰りになられましたか?片付けをしていて、お見送りも出来ず…」
「いや、構わぬ。見送りなど必要ない。それより、片付けはもう終わるのか?」
「ええ、もう少しです」
「ならば、少し腰を落ち着けるといい。隣の部屋に茶を用意させている」

白哉の言葉に、珍しいな、と瞬きをする。
そんな彼女の反応に気付いたのか、彼は「客人から和菓子を貰った」と告げた。
老舗の呉服屋も、色々と気を使うのね、などと考える。
箱を置いてあった場所に片付け、襖を閉じて身体ごと彼を振り向く紅。

「では、いただきましょうか」
「あぁ。それと、夏に向けた浴衣を三着ほど新調する事になった。後日、好きな柄を選ぶといい」
「…三着も」
「偶には贔屓にしておかぬと毎度煩い」

付き合いも色々とあるのだろう。
贅沢は好きではないけれど、過ぎるほどではないのだから、あえて拒む理由はない。
涼しげな柄にしてもらおう、と考えながら、先に部屋を移動した彼の後を追った。

【 何度も読み返してしまう手紙 】  朽木 白哉 / 睡蓮

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09.08.03