099.凍れる

目的地まで到達できず、仕方なく見つけた山小屋で一夜を明かすこととなった一行。
夜、目を覚ましたティルは、癖のように自然に部屋の中で横たわる人数を確認する。
しかし、一人足りなかった。

「…?」

遠目から確認していくと、いなくなっているのはコウだ。
また眠れないのだろうか―――そんなことを考え出すと、居ても立ってもいられなくなった。
他のメンバーを起こさないように山小屋を後にする。
一歩外に出るなり、山独特の湿気た空気が肺へと流れ込んできた。





探し人は、少し離れた川沿いに居た。
林の奥にその背中を見つけ、声をかけようとしたティル。
しかし、彼はその背中の向こうに見えた光景に、言葉を失った。

肺に吸い込まれる空気は、刺すように冷たい。
まるで、雪山にでも迷い込んだような白い息。
これは何事だろうか―――コウの向こうに見える氷の風景に、ティルは静かに瞬きをした。
まさか、雪山でもなんでもない普通の山で、凍てついた川を見ることになるとは思わなかった。

「ティル…?」

驚きのままに固まっていたティルに気付いたらしいコウが振り向く。
躊躇いつつ彼の名を呼んでから、その心中を悟って苦笑いを浮かべる。

「さっきまで、シヴァが居たのよ」
「シヴァ?」
「氷の属性を持つ、女神とでも答えておくわ」

氷、と告げられた彼は、そこでこの状況を理解した。
シヴァ―――それが彼女の召喚獣である事は、疑うまでもないだろう。
登場と同時に否応無しに周辺が凍り付いてしまったのか、と憶測する。
それにしても。

「…壮観、だね」
「全てが一瞬で凍りついたわ。こちらと向こうでは勝手が違うと、彼女自身も戸惑っていたくらいだから」

クスクスと笑う彼女の隣に並び、凍てつく川や林の風景を見る。
白に彩られた世界は、見るものを魅了する魔力を秘めているようにも見えた。

「本当は、次にイフリートを呼ぼうと思っていたんだけれど…」
「イフリート?ここで出てくるって事は、召喚獣だよね。…属性は?」
「…炎」

あぁ、それは駄目だ。
氷の召喚獣を先に呼んでいたのは、ある意味正解だったのかもしれない。
先に呼んでいたのが炎の召喚獣だったならば、一面火の海と化していたかもしれないから。

「前の…水神の時は、登場でこんな風にはなっていなかったと思うけど…何でだろうね」
「恐らく、リヴァイアサンは能力が高いから。これは、召喚する時の魔力の消費に比例するわ」
「強いって事?」
「ええ。だから、この世界にあわせて自己調整してくれたんだと思うの」
「召喚獣も大変なんだね」

呆気に取られた様子でそう呟いたティル。
召喚獣を物として扱わない彼の言動は、友人のように生きてきたコウにとっては何よりも嬉しかった。
その表情に笑顔を浮かべながら、スッと一歩目を踏み出す。

「コウ?危ないよ」
「大丈夫。見ていて?」

その場に彼を留まらせ、一歩ずつ川へと進む。
やがて、彼女の足は凍った川を踏んだ。
そのまま迷いなく川を歩いた彼女は、真ん中辺りでティルを振り向いた。

「川を歩く―――中々体験できない、貴重な経験でしょう?」

一緒にどう?と問いかける彼女。
歩き出す際に誘わなかったのは、自分自身で氷の強度を確認するためだろう。
そうして安全を確認できたから、彼を呼んだ。
誘われたティルが少しだけ躊躇いを見せながらも、氷の上に足を踏み出す。

「…不思議な感覚だね」
「ええ。でも、幻想的だと思うわ。本当は、すぐに小屋に帰るつもりだったの。けれど…あまりに美しい光景だったから…少しの間、見ておきたくて」

川に立ってしまうと、全方位が氷に埋め尽くされる。
凍てついた世界の中心に居るような、そんな錯覚すら感じられた。

「…朝までには溶けるかな?」
「……そうね。残念だけれど。朝日が昇れば、いつも通りの世界が帰ってくるわ」
「そっか。まぁ、ひと時のものだから美しいのかもしれないね」

そう言って微笑んだ彼に、そうね、と頷く。
どちらともなく手を握り、僅かに触れたそこから体温を分かち合った。

「…帰ろうか。少しは寝ておかないと」
「ええ」

【 凍れる 】  1主 / 水面にたゆたう波紋

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09.07.25