097.行き場のない
お願い、と切なる思いで伸ばした手が、両親の背中に届く事はなかった。
教団と言う箱庭の中でエクソシストと言う服を着て、まるで、マリオネットのように命じられるままに動く。
何年経っても、消えることのないあの日の記憶。
音にならない声。
届かなかった指先。
全てが、記憶に刻み込まれていた。
ふと通り過ぎた風景に目を奪われ、少しだけティキの速度に遅れてしまう。
あ、と思って彼を追いかけようと、前を行く彼の背中を見る。
彼は、私が遅れてしまったことに気付いていないようだ。
黙々と歩くその背中に、あの日の両親のそれが重なった。
「―――…っ」
思わず息を呑む。
あの日から、去っていく背中を見るのが苦手になった。
仲間が任務に出る時も、外まで見送らず、いつもどこかの部屋の中から僅かな距離を見送るだけ。
小さくなる背中が苦手だ。
箱庭に置き去りにされた自分を思い出すから。
ティキの背中を見つめておくことが出来ず、逃げるように視線を落とす。
すると、遠ざかっていた彼の気配が、一瞬のうちに私の目の前に現れた。
「どうした?」
気分でも悪くなったのだろうかと、俯く私を案じる声。
その声に、凍てついた心が溶け出すのを感じた。
「…ごめんなさい。遅れてしまって…」
「いや、それはいいって。気分でも悪いのか?顔色が悪いな」
やっと顔を上げた私を見たティキの表情が歪む。
頬を撫でるように動いた白い手袋越しの手を感じるように、そっと瞼を伏せた。
「―――――…苦手なの」
小さく呟けば、暫くしてから「何が?」と優しくその促される。
「昔、病院に置いていかれて…そこから、教団に連れて行かれた、から…」
だから、自分を置いて去っていく背中を見るのが苦手なのだ、と。
全てを言葉にできるほど強くはない。
きゅっと唇を結んだ私を見て、ティキが「そっか」と頷く。
「ごめんな、気付かなくて」
「いいの。私が、弱いだけだから」
「人間は弱いからいいんだよ」
ポン、と頭の上に手を置かれ、乱さない程度に髪を撫でられる。
それから、彼は手袋を脱いで、そっと私の手を握った。
「こうしておくか」
「繋いでいくの?」
「そ!これなら、遅れたらちゃんと気付くだろ?」
まるで、怖い夢を見て怯える子供のようだと思う。
馬鹿馬鹿しい、もっと強くならなければ。
そう思うのに、彼が弱いままの自分を許してくれるから―――その優しさに甘えてしまいたくなる。
「…怖い人。私、こんなこと…友達にも、話さなかったのに」
「へぇ。それはそれは。役得だな」
嬉しそうに笑った彼が、行くか、と手を引いてくれる。
遅れそうになれば彼の歩調が緩み、興味を惹くものがあれば、二人して立ち止まった。
そんな、束の間の幸せをかみ締める。
あの日届かなかった指先が、漸く何かを掴めた気がした。
【 行き場のない 指先 】 ティキ・ミック / 砂時計