096.錆びついた
「何で銀ちゃんに会わないネ?銀ちゃん、探してるヨ」
偶然町で出会った神楽が、服の裾をしっかりと掴んでそう問いかける。
答えない限り放してもらえそうにないな、と苦笑を浮かべ、彼女は空を仰いだ。
「神楽は銀時が好きね」
「うん、好きネ」
「…神楽にとっての銀時って、どんな人?」
「糖分に殺されそうでも、仕事がなくて一日中家でゴロゴロしてても、1時間で大負けして帰ってくるようなろくでなしでも―――銀ちゃんと会って、私の世界が変わったヨ。もう一人じゃないネ」
買ってあげたアイスで唇を濡らしながら、神楽がそう答えた。
彼女の言葉を聞いて、どこか懐かしさを感じる。
確かに、自分も同じだった。
全てが格好良いわけではないのに、坂田銀時と言う男に救われた。
心の部屋の中に閉じこもっていた私を、おいでと誘い出してくれた人。
けれど―――
「ねぇ、神楽」
「ん?」
「…ううん、ごめん。やっぱり、止めておくわ」
「えー!?途中で止められると気になるヨ!!」
駄々を捏ねる子供のような神楽に苦笑を浮かべつつ、最後まで笑顔で誤魔化してしまった。
最後の一押しと買い与えた酢昆布一箱で満足してしまうのだから、まだまだ子供だと思う。
すっかり忘れてしまったらしい神楽を見送り、人の流れの中に身を委ねる。
確かに、銀時は部屋の中から私を誘い出してくれた。
けれど―――その部屋の扉を開け、外の世界が見えるようにしてくれた人は、彼ではない。
錆びついていると思い込んでいた扉をあっさりと開き、けれど私を連れ出そうとはしなかった人。
私の足で、同じところまでたどり着くのを待ってくれていた人。
その人は。
「…どうして、ここにいるの?」
その人は、うっかり通り過ぎてしまいそうなほどに、風景に溶け込んでいた。
現に、1メートルほど歩いてから、え、と振り向いたのだ。
目立つからなのか、トレードマークのような煙管はその口元には見当たらない。
出された茶に手をつける様子もなく店の軒下に腰を下ろしていた彼、高杉が彼女を見上げた。
「遅かったな」
「それについては謝るわ、ごめんなさい。少し、時間がかかってしまったのよ」
予定外に話が長引いてしまった事は事実だ
素直に謝罪した彼女に、彼は興味を失ったように視線を落とす。
「どうしてこんな所にいるの?さっき、向こうの通りで真選組を―――って、まさか、あなた…」
嫌な予感に言葉を失う彼女。
そんな彼女の様子に、彼はニッと口角を持ち上げた。
彼女は深々と溜め息を吐き出す。
「目立つ行動は控えるようにって、あれほど言ったのに…目を離すとすぐこれだわ」
「お前も目を離すと何をしでかすかわかったもんじゃねぇな」
「…見ていたの?」
まったく、と肩を落とす。
別に、見られていたから何か問題があると言うわけではない。
雑談以上のことを話したわけではないし、あの様子ならば銀時から何かを聞いているということもないだろう。
神楽は、彼女が高杉の仲間であることを知らないのだ。
今は警戒する必要はない、とそう断言する彼女に、高杉がフン、と鼻を鳴らした。
そして、手付かずの茶を載せた盆の上に小銭を置き、立ち上がる。
「帰るの?」
「あぁ」
付いて来いとも来るなとも言わず、彼が歩き出す。
思わず、それを見送ってしまいそうになった。
彼の背中が人ごみの中に消える―――その、直前になり、その足が止まった。
「行くぞ」
振り向くこともなく投げかけられた言葉。
「ええ」
昔とは違い、いつの間にか彼は彼女が来るのを待つだけではなく、声をかけるようになった。
自分だけが望んでいるわけではないのだとわかる。
小さく笑みを浮かべた彼女が足早に彼の隣に並び、二人の姿は雑踏の中に消えた。
もう、彼女の扉が錆びつく事はないだろう。
【 錆びついた 扉 】 高杉 晋助 / 朱の舞姫