094.この手に余るほどの
キルアほど世の中のことを知らなかったわけではない。
後継者ではなかった彼女は、少なくとも彼よりは自由だった。
各地に情報屋の友人を持っているし、ごく偶にしたくない仕事を断る事だってある。
しかし、帰るところはいつだってあの家だった。
行動はあの家を中心に動いていて、彼女にとってはそれがどうしても窮屈だったのだ。
日増しに増えていく見合い写真の山の始末が面倒だったと言うのもある。
いや、彼女の場合は、そちらがメインだったのかもしれない。
「物好きもいるものだ」
話を聞いていたヒソカがククッと笑う。
そんな彼の言葉に、彼女は、あら、と声を上げた。
「失礼ね。これでも引く手数多で、向こうから求婚された事だって一度や二度じゃないのよ」
「ゾルディックの名前に釣られたんだろう?」
「…まぁ、それも否定はしないけれど。何も知らなかった男もいるわ」
死んだけど、と小さく補足しておく。
彼女に惚れ込んだあまり、うっかり家を訪れて出された紅茶で命を落としたのだ。
たぶん、猛毒だったので苦しまずに死んだだろう。
彼女が仕事で出掛けていた時のことで、後日執事から聞いた話だ。
「いや、本当に…物好きだよ、そいつらは」
「…ヒソカから見ると、私の顔は物好きと称したくなるくらいに醜いのかしらね」
繰り返された言葉に口元を引きつらせ、フン、と顔を背ける彼女。
そんな彼女の反応に、ヒソカは喉を鳴らして笑った。
「綺麗な花には棘があるって言うけど…君の場合は、棘に毒がある上に、咲いている場所はイバラの花畑だね。そんな花を手折ろうと思うのは、よほど物好きか、もしくは―――」
「“もしくは”?」
何となく話が読めてきたのかもしれない。
依然として身体ごとヒソカに背を向けたまま、そう問いかける彼女。
ふとヒソカの念を感じて避けようと身体を捻るも、一瞬遅かったようだ。
あの独特のガムのような粘着質を持つ念に囚われ、あっさりと引き寄せられる。
彼はその場から一歩も動いていないと言うのに、いとも簡単に数メートルの距離を運ばれてしまった。
いらっしゃい、とにこやかに膝の上に招かれた彼女は、はぁ、と溜め息を吐く。
逃げようとするのは無駄な抵抗だと言うことを知っているのだ。
ベッドに腰掛ける彼と同じ方向を向くようにして、背中から広い腕の中に抱きこまれる。
「もしくは、その花に溺れているか―――だね」
長い指が絹のような黒髪を掻き揚げ、白い項を露にする。
無防備なそこに唇を落とされ、ちゅ、と言う濡れた音が彼女の耳に届く。
「ヒソカ。あなたはもちろん後者よね?…ある意味前者だけど」
「さぁ、どうかな?」
「…蹴り飛ばすわよ」
「君の思うように取ればいいよ。それが答え」
息のかかる距離で、半ば笑いながらそう告げるヒソカ。
ふ、と耳を掠める吐息が背筋をゾクリと粟立たせる。
「…はぁ…私、何でこんな男に捕まっちゃったのかしら…」
「★」
ニコニコと楽しげなヒソカとは裏腹に、彼女は短い溜め息を吐き出した。
【 この手に余るほどの 色彩 】 ヒソカ / Carpe diem