093.細く途切れそうな
笑顔の仮面をかぶり、日常を過ごす彼を見る。
全てを受け入れるような広い器を窺わせつつ、その笑顔の裏で全てを拒絶する彼。
長く過ごしているうちに、どちらが彼なのだろうかと…ふと、その境界がわからなくなる時がある。
自分に向けられている視線が好意のものなのか、それとも陰の嘲笑を含むものなのか。
時々、それを見分けることが難しく思える時がある。
「あぁ、こんな所にいたのか。探したよ」
そう言って現れた彼は、“優しい藍染隊長”だ。
こんにちは、と返す私に笑顔を向け、こんにちは、と返事をする。
誰も、この光景を疑ったりはしないだろう。
この彼が私に話しかける度に、彼との絆が磨り減っていくような錯覚を起こす。
「これを君のところの隊長に渡してくれないか。中々受け取ってもらえなくてね」
「確かに、この手の書類は門前払いですからね…」
仕方のない人なんです、と苦笑を浮かべる私は、戦闘好きの隊長に困っている席官だ。
「重要な書類だから…頼めるかな?」
「わかりました」
十一番隊の中でも事務能力を買われている“私”が断ることなどありえない。
素直にそれを受け取れば、よろしく頼むよ、と頷く彼。
―――また、後で。
擦れ違い様に告げられる言葉。
振り向きたくなる衝動を抑え、何事もなかったようにごく自然に彼と別れる。
本当の彼を知っていると思うこと自体が間違っているのかもしれない。
見えていると思い込んでいるだけなのかもしれない。
気が付けば、私の思考は、そんな泥濘のような螺旋の中へと囚われていた。
「どうしたんだい?何か、思いつめているようだけど…」
屋敷の中だと言うのに、彼は依然として“藍染隊長”の笑顔を消そうとしない。
人の良い空気で私と接し、心からその身を案じているような素振りを見せる。
私はそんな彼から視線を逃がした。
「その顔は…見たくないの」
それが原因だと言う事はわかっていた。
静かに呟いた声を聞き、彼は薄く微笑む。
漸く、彼の本質がその表情に現れた。
「…なるほど。そう言う事か」
「惣右介…さん…?」
ククッと喉を鳴らした彼が手招きをする。
促されるままに座っている彼に近づくと、手が届くところまで距離を詰めたところで、腕を引かれた。
そのまま膝上に乗せられるようにして彼と向き合う。
「どうやら、優しい藍染隊長はお気に召さないらしいね」
「……………気に入らないと言うわけではないけれど…」
「君の言うことがわからないわけでもないよ」
そう答えると、彼はふむ、と悩むように口を閉じる。
しかし、その表情には笑みが浮かんでいて、悩んでいると言うよりは状況を楽しんでいるように見えた。
「では、今後は屋敷ではこのまま過ごすことにしようか」
「え、でも…」
「まぁ、君に限って他言すると言う心配もないだろう」
そうだろう?
まるで試すような言葉だ。
小さく頷き、肯定の返事をする私に、彼は満足げな笑みを返してくれる。
「君は、本当の私を知る数少ない人間だ。安心していい」
「…ええ」
言葉以外にそれを証明するものなどありはしないと言うのに、信じてしまう。
途切れると言う錯覚を起こしてしまうほどに細い絆を繋ぎとめることだけが、今の私に出来ることなのだから。
【 細く途切れそうな 絆 】 藍染 惣右介 / 逃げ水