092.いつか来る

バッと身体を起こした妻に、元親が薄く目を開く。
一度寝てしまえば中々起きない彼女が夜中に目を覚ますのは珍しいことだ。

「…どうした?」
「…紅が…」

茫然とした表情だった彼女は、ハッと我に返り、元親の着物の襟を掴む。
控えめに言うとそうなるが、要は胸ぐらを掴んでいる状態だ。
元親の方は彼女の行動に不快を感じるわけでもなく、どうした、と再度同じ質問を投げかける。

「今すぐ…は無理でも仕方ないわ!明日、船を出してくれる?」
「そりゃあ構わねぇが…理由くらいは聞かせてくれるんだろうな?」
「あぁ、寝てる場合じゃないわ!用意していたアレを船に積まなきゃいけないし、荷作りもしなくちゃ!」
「…聞こえてねぇな…」

恐らく、構わねぇが、と言う辺りまでしか聞こえていないだろう。
布団を吹っ飛ばす勢いで立ち上がった彼女は、隣の部屋へと走って行ってしまった。
改めて寝るような状況でもなく、元親はやれやれと身体を起こす。
ガシガシと頭を掻きつつ胡坐をかけば、隣の布団で寝かされていた息子が小さく声を上げた。
泣き出してしまう前にと息子を膝の上に乗せてあやす。
ぐずるかと思われたが、定期的な揺れが心地よかったのか、息子は再び安らかな寝息を立てた。
そんな寝顔を見てほっと安堵の息をこぼし、開けっ放しの襖を見る。
寝所を飛び出した彼女が何をしているのかは、この位置からは見えない。
彼女の突飛な行動は今に始まった事ではないけれど…夜明け前の奇行は初めてだ。
“奇行”などと表現すると、彼女は頬を膨らませるだろうけれど、心の中で呟くくらいは許されるだろう。

「ったく…今度は何を思いつきやがったんだかなぁ…」

息子を腹の上に乗せ、ごろりと横になる元親。
その口元には、楽しげな笑みが浮かべられていた。





「紅―――!!」

久しぶり!!と飛びつく悠希を何なく受け止める紅。
そして、自分も久しぶり、と返すと、彼女はパッと身体を離した。

「おめでとう!」
「…何が?って言うか、連絡なく急に来るから驚いてるんだけど…」
「惚けないでよ、子供の話よ!」

一人興奮した様子の悠希に、紅の頭の中に疑問符が積み上げられていく。
そんな彼女らを遠くで見守る夫達が顔を見合わせた。

「何だ、お前の嫁も漸くか?」
「…いや、そんな話は聞いてねぇな。氷景、どうなんだ?」
「俺も知らん。それに、そう言う事は俺より先に筆頭に報告するだろ」
「………じゃあ、悠希の暴走だな」

元親がそう呟く。
政宗はそんな彼の肩をぽんと叩いた。
苦労するな、と言う声なき言葉に同意するように頷く元親。






「何で私が妊娠したなんて思ったの?」
「虫の知らせよ」
「悠希?」
「…夢を見たんデス」
「まったく…夢で元親さんを動かして奥州に来るなんて。無茶をするわね」
「ははは。いいじゃない、別に。飛んでこれる距離じゃないから、すぐに言えるとは限らないんだし」
「…まぁ、久しぶりに会えて嬉しいわ」
「私も!…よく考えたら、うちの子がもう少し大きかったわ。でも、あれはきっと正夢だと思うのよ!」
「はいはい。どんな夢だったのか詳しく聞くから、とりあえず城に行きましょうね」
「紅の一人目も男だったわよ。きっと、筆頭似の男前ね!」







「―――と言う事があったのよ」
「…と言う事は、悠希さんの夢は、正夢だったんですね」
「ええ、そうなるわね。確率的には2分の1だけれど」
「そうですね」
「…さて、と。そろそろお茶を用意しましょうか。政宗様を呼んでくるから、あの子達をお願いできる?」
「はい、母上」

【 いつか来る 未来 】  ??? / 廻れ、

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09.07.18