091.暖かな
陶器で出来た肌に体温はない。
それは、人形の身体を持つ彼には当たり前のことだった。
そして、他の温度を感じることがないというのも、当たり前のこと。
吹く風の爽やかな感触や、暖かさをその肌で感じたとき、ふと思ったのは彼女のことだった。
5人が人形の身体から解放され、一年後のイースターに再び人形へと戻り。
そして、人の身体を得た。
これは、自分を変えてくれたハンナの為でもあり、また人として生きることを望んだ自分自身のためでもある。
この結果に後悔はない。
不便を感じる事は…時々あるけれど、それでも、不便そのものも“生きている”のだと実感させてくれた。
しかし、年百年ぶりに再会した彼女は、ただ一人、精霊人形として生きていた。
自分が眠り続けていた間も、彼女はずっとシャムロックの誓いのために生きていたらしい。
イグニスとは別の意味で、シャムロックに囚われすぎていた。
「死んだ人間にそこまで義理立てしてやる意味があるのか?」
全てが本心ではないにせよ、そう言った自分に、彼女は苦笑を浮かべた。
そして、静かに答えたのだ。
「そうね。自己満足でしかないのかもしれないけれど。だからこそ、最後まで貫いてみたいと思うよ。―――他でもない、私自身が胸を張るために」
シャムロックのために生きていると思っていたけれど、どうやらその考えは間違っているらしい。
真っ直ぐに窓の外を見つめる青い瞳は、吸い込まれそうなほどに深い。
一瞬でも、あの眼に自分を写したいと思ったことが、不思議でならなかった。
「…ウィル?」
自分でも意識せずに伸びていた手が、彼女の頬に触れる。
もちろん、その下に血の流れはなく、体温のない肌は弾力すら持ち合わせることなく指を拒む。
「…―――」
「え?」
―――熱のある彼女に触れたい。
浮かんできた本能的な衝動に、思わず苦笑が零れた。
「何でもねぇよ」
「…変な人ね」
困ったように笑った彼女は、換気のためと言って窓を開けた。
ふわりと舞い込んできた風が彼女の髪を遊ばせる。
彼女がシャムロックとの誓いから解放される、その時―――気が向いたら、言ってみようか。
―――俺たちと一緒に生きろよ、と。
頬に感じた暖かい風に、ウィルは薄っすらと笑みを浮かべた。
【 暖かな 空気 】 ウィル / Secret doll