090.澱んだ

何の因果なのかは知らないけれど、あの運命の日以来、大和くんとの関わりが増えた。
例えば花梨に用がある時。
ふとした時に、彼は屈託のない笑顔を向けてくれる。
ついでのようにそこにいる私に向けてくれるには、勿体無いような爽やかな笑顔。
初めの頃はクラスに来た彼と会う程度だったのに、いつの間にか廊下で擦れ違う時ですら言葉と笑顔をくれるようになってしまった。
お蔭で、最近女子の視線が少しだけ痛い。
アメフトが強くて、格好良くて優しくて、おまけにアメリカ帰りの秀才―――彼は、とても人気があった。

誰に対しても惜しみなく笑顔と愛想を振りまく人。
それが嫌味にならないのだから、世の中は不公平に出来ていると思う。
ふと窓からグラウンドを見ると、彼が笑顔でアメフトの仲間と笑い合っているのが見えた。
何故だろう。
彼の笑顔はとても素敵だけれど、じゃあ私は―――そんな風に思うことが増えた。
心の水面が、波紋で歪む。
落とされた一滴が、薄く水を澱ませた。

「おーい!」

ぼんやりしていた私の耳に、そんな声が届く。
驚いて声の方を見ると、こちらに気付いたらしい大和くんが元気に手を振っていた。
無視するわけにもいかず、手を振り返す。
何だ何だ、と仲間たちにまで見上げられ、恥ずかしさで動きが小さくなってしまったけれど。

「帰らないのか?」
「…うん。少し、勉強しようと思って。でももう帰るから」
「なら、練習を見に来ないか?今から花梨のタイムを計るんだ」
「ええぇ!?うち、今から休憩しようと…!」
「花梨なら大丈夫!」

ぽんと肩を叩き、爽やかな笑顔。
何を根拠に―――と思うと、笑いがこみ上げてきた。

「花梨、頑張れ!」
「うぅ…行ってきますー…」

肩を落とす彼女の背中に哀愁が漂っている。
―――あ、先輩に慰められてるみたい。

「大和くん。見に行っても邪魔にならない?」
「あぁ!待ってるよ」

彼と話をしていた窓を閉めて、まだ生徒が残っている教室を後にする。





「も、もうあかん…」
「お疲れ様。はい、差し入れ」
「ありがとー…」

今にも地面に倒れそうな彼女に、買ってきたスポーツ飲料を手渡す。
握力も危うそうに疲れている彼女の代わりに蓋を開けて。
ゆっくりながらもある程度の量の水分を補給する彼女の隣で、アメフトの練習風景を見た。
あ、そうか。練習の時は―――

「笑ってないんだ」
「誰が?」
「大和くん。いつも笑ってくれるから、あんな表情初めて見た」
「そりゃ…練習中は、真面目な人やもん。笑って人にタックルしてたら怖いやん?」
「そっか。そうだよね」

苦しい事なんかない―――いつでも優しく笑っているから、そんな風に思っていたかもしれない。
いつでも一生懸命で、努力していて…だからこそ、自信を持っている。
自分自身に胸を張って生きているから、人に優しくできるのか。

休憩に入ったのか、彼が私の方に近付いてくる。
先ほどの真剣な表情はなく、汗を滲ませながら、それでも爽やかに微笑んでいた。

「暑くないか?気温が高いから、気をつけた方が良いよ。誘ったのは俺だけど」
「うん。ねぇ、大和くん」
「ん?」
「練習、頑張ってね」

心の中の水が、少しだけ透き通った気がした。

【 澱んだ 水面 】  大和 猛 / ガーベラ

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09.07.13